家康は辛抱の人?
それとも、血気盛んな戦うリーダーだった?

  • 日本史学専攻 山田 邦明 教授
  • 公開日: 2021年7月7日
  • カテゴリ: コラム

古文書の解読で浮かび上がる戦国武将の意外な人物像。

晩年の家康公像(駿府城公園)

信長は気が短く、秀吉は明るい人柄、家康は辛抱強い人―戦国時代を代表する武将について、そんな印象を抱いていませんか。しかし、そのイメージは、後に書かれた小説やドラマなどにより創作され、増幅されたものかもしれません。当時書かれた手紙・証文などの古文書や記録を丁寧に読み解くことで、意外な人物像が浮かび上がることがあります。

たとえば徳川家康。
彼が22歳のときに起きた三河一向一揆では、一向宗門徒が起こした反乱に裏切り者の元家臣らが加勢して、家康は窮地に立たされます。その戦闘において、本来なら自陣の後方にいて指令を出すはずの家康が、真っ先に突撃していった、という記録があります。
三方原の合戦でも、家臣らの猛反対を押し切って敵陣へと突き進みます。負けるとわかっていても目の前の敵を見過ごすことができない、血気さかんな武将だったようです。

また上杉謙信は、ドラマでは鋭敏な人物として描かれますが、本人の手紙を読んでみると意外にくよくよと思い悩む一面があったことがわかります。

私の専門分野は日本の中世後期(室町・戦国時代)で、経済史や民衆史など何でも扱いますが、人物像に迫る研究は特に面白く感じるものの一つです。

歴史研究を通して現代社会を相対化する。

私が最近関心を持っているのは、中世の「旅」の方法です。

宿の予約は、現在なら電話やネットで簡単にできますが、当時は身銭を切って事前に使者を送るか、あるいは行ってみるまでわからないというのが普通でした。

宿の確保をめぐるトラブルについて著名な連歌師が書いた日記も残っています。こうした史料を読むと、私たちがいかに“特別な時代”を生きているかがわかります。

現代社会を相対化することも、歴史研究の大きな意義といえます。

人が紡ぎ出すもの。
人を揺り動かすもの。
人の歩みの標となるもの。
そのすべてが「文学部」。

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