駒木ゼミ卒業研究要旨

2020年度提出分 (13名・50音順)

安藤 大樹:eスポーツの可能性

 近年,ゲーム産業の急激な発展により,多種多様なゲームタイトルが注目を浴びたり,各地域で様々なイベントや大会が開催されたりするようになった。それにより浮かび上がったのが,日本は海外諸国に比べてeスポーツで明らかに遅れをとっていることであった。そこでまずは現在の日本でどんなeスポーツのイベントがどのような場所で行われているのか確認する必要があり,そこから立地条件や観客・視聴人数等を考察することで,日本のeスポーツの特徴が見えてくるのではないかと考えた。これらを踏まえ,本研究では過去のeスポーツの大会やファンミーティング等のイベントを基に,どのような場所で開催されているのかを検証した。空間分析にはGISを利用した。また,ゲームタイトルの系統やイベント,イベントが開催された立地等を分類し,そこから見えてくる現状や今後の課題,将来性について考察を行った。
 まず第I章ははじめにとして,研究の背景や目的・狙いを述べた。次に第II章では概要として,eスポーツについての説明を行った。第III章では実際に行われたeスポーツ関連のイベントを分類した。さらにGIS分析を用いてイベントが行われた場所の立地分析も行った。様々なeスポーツの大会やイベントから会場移動型と集合型に大きく分類し,それらに該当する第4回スプラトゥーン甲子園2019と東京ゲームショウ2019を事例として取り上げた。そこから立地や来場客数人口等のデータを使用し空間分析を行い,利便性や競争倍率の格差などを検討した。第IV章では前章を踏まえての結果を示すと共に,利便性と競争倍率の格差の点から考察を述べた。最後に第V章で結びとしてeスポーツの将来性について述べた。
 その結果以下の3点が判明した。第一は,会場移動型は収容人数に関わらずライブハウスやショッピングモール内など様々な場所で開催可能であることであった。第二に,都市部の会場は最寄り駅からの距離が近く利便性も高いが,鉄道がない場合は車やバス等のその他移動手段が必要であることであった。第三に,競争倍率は大都市圏を含む地区で高く,地方都市を含む地区では低くなることであった。冒頭でも述べた通り,日本のeスポーツは海外諸国と比較して明らかに遅れているが,PCや家庭用ゲーム機の売り上げは伸びており,需要が高まってきていることを裏付けている。「たかがゲーム」などと思わずにeスポーツの面白さや楽しさを知って,eスポーツへの理解が少しでも広まることを期待したい。


五野 隼輔:地域活性化ツールとしてのアニメーション作品

 既存の研究では「アニメ聖地による地域振興は結果としての地域振興である」という指摘があり,自治体や地域住民が最初は受け身に徹し,ファンとの間にある程度信頼関係を築いた上で徐々にその領域や担い手を拡大していくことによって効果を得るというのが現段階の認識である。そこで本研究はその認識を前提条件として,より多くの事例を検討して現段階の認識の再確認と持続可能なアニメ聖地の可能性に関してより俯瞰的に検討することを目的とした。
 第I章では,問題背景と目的を明らかにした。第II章ではアニメ聖地の定義とその起源を明確にしたうえで,観光入込客数と新聞記事を用いて聖地の効果を検討した。第III章では,第II章での調査の結果をより深く分析する狙いで,個々の事例の概要とともに取り組みの経緯について,関わっているアクターに注目しながら分析を行った。第IV章では第II章での調査と第III章での調査・分析内容を統合し,そのうえで改めて聖地の類型の分類を行い,アニメ聖地が地域社会にもたらすものを分析した。第V章では新たな課題点を明らかにし,そのうえで今後の展望を示した。
 結果として,地域活性化の一手段として観光入込客数を増やすためには作品の展開力に依存する点が確かに存在するが,観光入込客数が増加することが聖地の効果のすべてではないということもまた確かになった。消滅危機型の事例を除く他の類型の多くの事例において,観光入込客数の増減に関わらず,地域社会やコミュニティの変容が多々確認されており,むしろ観光入込客数の増加は表面的な事象の1つに過ぎず,地域社会の変容こそがアニメ聖地の効果の本質だと考える。聖地巡礼を行うファンにとって聖地とは単なる観光地の1つではなく,その名が表すとおり第二の故郷のような特別な土地であり,ファンはその地域のアクターの1人として馴染んでいく。そして,既存の研究における「自治体や地域住民が最初は受け身に徹し,ファンとの間にある程度信頼関係を築いた上で徐々にその領域や担い手を拡大していくことによって効果を得る」という原則について,これは確かに作品の内容に対して不干渉であるとか,ファンに対して安易な商売は厳禁であるとかの原則は存在するが,本研究を通じてより多様な聖地とファンの関わり方を確認することができた。聖地が聖地として持続し続けるために最低限必要なことは地域が聖地であることを安売りせず,ファンと地域の間でリスペクトしあえる関係を維持することであって,それを実現するための手段はそれぞれの事例で異なると言える。


井門 舞夏:湖西市のコーちゃんバスの現状と課題

 近年日本では,高齢化や人口減少などが進行している。その現状の中,日々の生活を便利にするために地方では「コミュニティバス」のサービスを導入している地域がある。コミュニティバスはそれぞれの地域で移動手段が限られている地域に住む交通弱者のためのものであり,高齢化が進み自力で移動するのが困難な人には重宝される存在である。本論文では,静岡県湖西市を対象とし,湖西市が運営する“コーちゃんバス”が(1)交通不便地域におけるモビリティ向上,(2)高齢者の日常的な足としての地域内移動の支援について注目して研究していく。
 I章では,導入として先行事例の紹介や,研究目的,研究方法の紹介を行った。II章では,本論の対象地域である湖西市とコーちゃんバスの概要について説明した。III章では,GISを用いて路線およびバス停の立地に関する空間分析を行った。分析にあたっては,各バス停の乗降者数の特性を検討していくとともに,現在のバス停の位置と周辺人口や市内施設の立地との関係に着目した。IV章では,III章の分析をもとに考察や現在あるバス停が必要かどうか,今後バス停が必要な地域などを検討した。V章では,まとめと今後の研究課題を提示した。
 今回の分析により利用者が少ないコーちゃんバスは交通不便地域におけるモビリティ向上や高齢者の日常的な足としての地域内移動の支援には課題が多いと考えられることが分かった。とはいえ,現在のバス停位置は総人口や高齢者人口が多い地域に設置されており比較的コーちゃんバスを利用しやすい環境にある。そのため,JRの駅や診療科が複数ある大きな病院,など利用者が多い施設に対してはコーちゃんバスを利用する人が多く,必要不可欠な移動手段となっている場合があることも分かった。これからのコーちゃんバスが交通不便地域におけるモビリティ向上や高齢者の日常的な足として機能するために,バスの認知度を上げることと,利用者のニーズに合わせたバスサービスの提供をすることが必要だと考えられる。 地理的視点からの特にサービスの提供については,必要なバス停と設置を検討すべきバス停を分類することが挙げられる。今回の分析において今後バス停が必要だと考えられる地域は,単診療科の病院付近,総人口や高齢者が増加する地域である。逆に,バス停の設置を検討すべきであると考えられる地域は,総人口が減少や高齢者人口が減少する地域である。


尾上 諒真:静岡県における杏林堂薬局の経営戦略と大学生の意識調査について

 最近の日本の小売業界の経営戦略は著しく変化している。商店街やスーパーなどの従来からあるものに加え大規模卸売店やEコマースの参入により小売業界の経営戦略は多角化し始めている。この小売業界の中で最も成長率が高いものがドラッグストアである。一方30歳未満の薬局への来着頻度が一番少ないとなっている中で,若者の一部である大学生を取り組むことは売り上げを伸ばすことにつながると考えられる。そこで本研究は静岡県内でドミナント戦略を行っている杏林堂に注目し,どのような経営戦略を行っているかを杏林堂社員へのインタビュー等で明らかにし,若者のニーズとどれだけマッチしているかを大学生へのインタビューから分析し,今後のドラッグストア業界,杏林堂に対する経営戦略を提案することを目的とした。
 この論文では以下のような章構成をとる。第一章で現在の小売業界とドラッグストア業界について売上額などを中心にまとめ,本研究の意義,目的,手順を示した。第二章で杏林堂についての情報を社史,立地,独自サービスの視点から整理する。第三章で大学生の杏林堂に対する意識について,インタビューを通じて,認知状況,利用状況,今後への希望状況の視点からまとめた。第四章で杏林堂のサービスと大学生の今後のニーズの関係性から考察を述べ,第五章で今後のドラッグストア業界と杏林堂の若者への戦略について述べた。
 その結果杏林堂は静岡県西部地域とそれ以外の地域では認知率や利用率の差があることとが明らかとなった。さらに大学生が今後求めるサービスとして「食に関するサービス」があることが明らかになった。ドラッグストア業界では食に関するサービスが求められる中で杏林堂では現在行っている食のサービスの積極的な導入,地域との関係性を強めることによるブランド力の強化,そして西部地域とそれ以外の地域でのそれぞれの状況に合ったサービスの提供など,具体的な戦略を提案することができた。


財津 亜柚:浜松市における災害時要援護者対策について

 日本はその位置・地形・地質などの自然的条件から,「災害大国」といわれるほど自然災害が発生しやすい国土である。近年では,全国各地で毎年のように自然災害による甚大な被害が生じており,その対策が急がれている。中でも特に緊要なのは,高齢者をはじめとする災害時要援護者向けの対策である。昨今も,災害時要援護者が犠牲となる例は後を絶たず,今後は各自治体がそれぞれの地域の災害特性を加味した防災・減災対策を検討し,実施していくことが重要であると考えられる。そこで,本研究は施設の立地特性という視点から,GIS を用いて関連施設等の立地分析を行い,対象地域においてどのような災害時要援護者対策が必要かを明らかにすることを目的とする。対象地域として は,南海トラフ地震による甚大な被害が想定され,外国人居住者も多い静岡県浜松市を選定した。
 本研究の手順は以下の通りである。まず,第I章では,災害時要援護者を対象とした災害対策の必要性やその背景について説明した。続いてII章において,対象地域である浜松市について,地形や人口分布などの概要を説明した。III章では,浜松市における災害時要援護者の定義や,実際の対策および取り組みについて紹介した。IV章では,GIS を用いて洪水・津波発生時に災害時要援護者である高齢者や外国人が受けると想定される被害状況について分析した。V章では,III・IV章の結果を基に,災害時要援護者(高齢者・外国人)を対象として,今後の浜松市においてどのような災害対策が必要なのかを考察した。
 以上の結果,高齢者に関しては市内在住の約半数が,洪水・津波被害に遭う危険性があること,洪水・津波災害リスクのある人のうち約4 人に1人が高齢者であることが分かった。外国人に関しては,高齢者以上に洪水および津波浸水想定エリアに人口分布が重なっており,危険度が高いということも判明した。また,高齢者施設に関しては,調査対象とした施設のうちの約半数が洪水・津波災害リスクを抱えていることが明らかになった。外国人居住者の多い浜松市では,外国人の地域コミュニティへの参加が,今後の災害時要援護者に対する対策の鍵となると考えられる。また,災害時要援護者が多く利用する社会福祉施設に関しては,それぞれの施設の立地特性を把握し,施設ごとの対策を考えることが肝要である。


真貝 周佑:鉄道の新規開発が地域に与える影響―つくばエクスプレスを事例に―

 近年の少子高齢化や地方過疎化といった社会問題を踏まえた既存鉄道路線の廃止,バス転換に関する研究が注目されている中,新規開発に関する研究が比較的少ない段階にある。特に,それらの多くは,戦後や高度経済成長期などの「黄金時代」に研究されたものが多数を占め,近年の少子高齢化や地方過疎化といった社会問題を踏まえた新規開発に対する研究は極めて。そこで本研究では,少子高齢化や地方過疎化が進行する現代の社会において,新規に開発された路線が地域にどのような影響を与え,どのように変化したのかを,地方過疎化などの社会問題を踏まえたうえで,近年の開発事例をもとに考察することを目的とする。
 第I章ではまず,近年の鉄道路線に関する現状を取り上げ,現在の鉄道路線がどのような状況に置かれているのかを明確にした。次に,鉄道に関する研究がどのように展開され,行われてきたのかを明らかにし,本研究の意義を示した。第II章では,新規開業路線をリストアップし,本研究の対象となる路線を絞り込んだ。そして,新規開業した路線の距離や形態を集計し,さらに用途や人口規模などで分類した後,研究対象となる路線を決定した。第III章では,本研究の対象路線となるつくばエクスプレスについて取り上げた。まず,つくばエクスプレスの概要,歴史を,次につくばエクスプレス沿線の開発を研究するにあたって重要な「宅鉄一体化法」についてそれぞれ取り上げるとともに,つくばエクスプレス全体の乗車数や売上高などのデータを分析した。第IV章では,GISを用いた空間分析を行った。まずGISを用いて行った分析方法について記し,開業年度以降の人口の変化について分析した。次に,「宅鉄一体化法」のエリアの人口増減を500mメッシュを用いて分析し,駅ごとに半径1qのバッファをかけ,駅周辺の人口増減について分析した。そして,駅周辺の土地利用分析を行い,土地利用の変化を分析した。第V章では,今までの分析結果を踏まえ,近年における鉄道の新規開発がどのように影響を与えたのかを考察するとともに,本研究の反省やまとめを述べた。
 結果として,全ての駅周辺地域で人口が増加し,多くの地域で農村的土地利用から都市的土地利用への変化がみられたが,その変化のパターンは一定ではなかった。大規模な宅地開発が行われた地域や再開発が行われた地域,それらの駅と比較して大きな開発がなかった地域など,様々なパターンに分類された。しかし,東京都を除く3県に位置する駅のほぼすべてが開発や再開発を行ったということも明らかになった。これらのことから,つくばエクスプレスという新規開発路線が地域に大きな影響を与え,宅鉄一体化法における対象鉄道の位置づけに合った開発がなされたと言える。また,地方過疎化や少子高齢化といった観点から考えても,駅周辺の人口が全ての駅で増加しているつくばエクスプレスは,地方過疎化や少子高齢化といった要因を受けずに開発,発展が進んだと考えることができる。


鈴木 大智:浜松市における駅前の活動範囲

 本研究の目的は,駅前という概念を浜松駅前に適用し,年齢や性別による認識の違いを明らかにすることである。年齢による違いでは,若者の方が駅前だと考える範囲は狭く,高齢者ほど駅前と考える範囲は広くなるのではないかと予想される。駅前の範囲を明確化することが出来れば,その動向を理解することが可能となる。この研究を行うことで,若者がよく訪れる場所と高齢者がよく訪れる場所の違いから,現在ある空き地や再開発の土地に対して,どの年齢層をターゲットにすることが適切かわかると考えられる。この研究では浜松駅前を対象とし,駅前の活性化に繋げていくことを狙いとする。
 本研究の手順は第I章で駅前とは何かについて整理し,駅前やメンタルマップに関して参考にした研究を紹介するとともに研究の意義や目的,手順について示した。第II章では,対象地域である浜松駅前の歴史について述べるとともに,浜松駅前の概要,そして調査方法について説明した。第III章では,アンケートによる調査の結果から得られた駅前の認識範囲について,年齢や性別,利用頻度ごとに区別して地図化し比較を行った。第IV章では,GISを援用して駅前の認知範囲の面積を計算し,属性による違いについて定量的に比較した。また,駅前で行動する人のおおよその活動範囲を示すモデル図を作成した。第V章では結果や分析をまとめ考察を行い,第VI章では今後の課題とこれからの浜松駅前の重要課題となってくる松菱跡地の再開発計画について提言をした。
 当初の予想では大学生の方が,同じ範囲に留まって活動するという理由から駅前だと考える範囲は狭くなると考えていたが,結果は,高齢者の方が範囲は狭く,大学生とは非常に大きな差があることがわかった。性別による違いでは,高齢者は予想通り男性の方が女性よりも範囲が広くなっていたが,大学生では男女で変化が見られなかった。利用頻度による比較では,高齢者も大学生も変化が見られた。高齢者は週4回以上訪れる人の範囲が最も広く,半月に1回程度や全く利用しない人の範囲が狭いという結果になった。一方大学生は,全く利用しないという人はいなかったが半月に1回程度の人の範囲が狭くなった。利用頻度が少ない人ほど認識範囲が狭くなるという結果は,今回のコロナ渦での調査により大きく変わったと考えられる。特に大学生は公共交通機関を使用しての通学のため,コロナ渦でなければもっと利用頻度が上がっていた可能性は十分にある。また面積による分析によって,高齢者と大学生の認識範囲が東京ドーム約4個分の差と非常に大きな違いがあることが確認できた。さらに,市民の考える「駅前」よりも行政の考える「中心市街地」はかなり大きめに設定されていることが明らかとなった。このことを踏まえると,松菱跡地の再開発にあたっては高齢者の駅前に対する認識範囲を広げるような取り組みが必要だと考えられる。


鈴木 知歩:浜松市の交通インフラ―公共交通サービス

 近年,公共交通を取り巻く環境は厳しいものとなっている。特に地方都市では,人口減少や高齢化,車社会の定着による公共交通離れの影響などにより利用者が減少している。そのため,運賃の値上げや便数削減などサービスレベルの低下によりさらに利用者が減少する悪循環となっている。特に中山間地域では集落が点在しているため,路線バスなどの公共交通の運行が難しい地域が存在する。そうした地域は高齢者が多いため,自家用車を運転できない人が増加しており,公共交通を必要としている人が存在する。そこで本研究では,都市部から中山間地まで多様な地域を含む静岡県浜松市を対象として,都市部,郊外地,山間部と分けてバス停のバスカバー力のサービス格差を明らかにする。浜松市の公共交通の地域格差を知ることにより,同じ浜松市民であってもバスサービスの受けれ方の違いを明らかにすることが可能である。
 本論文の構成は次の通りである。第I章では,研究の背景や浜松市の地域性について提示するとともに先行研究を整理し,目的,意義,手順について示した。第II章では,浜松市や浜松市の公共交通の現状,浜松市の公共交通に関する取り組みについて整理した。第III章では,GISを使用し,バス停のカバー率について検討した。人口,将来推計人口,スーパーや医療施設などの施設に着目し,バスサービスの行政区別の格差を明らかにした。第IV章では,GIS分析の結果とアンケート調査の結果に基づき,浜松市の交通政策について検討した。さらにバス利用に関して,地域住民へのアンケートを通して,バス利用状況の違いなどを明らかにした。第V章ではまとめと展望を行った。
 浜松市は自家用車への依存度が高く,とくに郊外で公共交通の利用率が低い状況であった。公共交通利用促進のため,浜松市全体や各地域で利用促進の取り組みが行われているが,アンケート調査の結果を見ると,都市部以外で利用促進につながっていないのが現状であった。GIS分析の結果では,カバー率は浜松市全体では高い結果となったが,行政区別に見ると,高齢者率の高い中山間地でカバー率が低いことが明らかになった。このような地域では地域バスが運行されているが,運行本数が少なく,決まった曜日のみの運行となっているため,利便性が悪い状況であった。また,郊外ではカバー率が高いからといって利用率が高いとは限らないことが示された。同じ浜松市民でも,居住区によってバスサービスの受けられ方が違うため,今後は地域の現状に合った公共交通政策が必要であるといえる。


千々和 侑香:高齢者の食料品買物環境の課題―高蔵寺ニュータウンを事例に―

近年,「大規模小売店舗法」の廃止や,まちづくり三法の施行により,店舗の出店がより規制の緩い郊外になり,徒歩圏内の店舗が減少している。そのため,自動車を運転することの出来ない高齢者にとって,日常の買物が不便な環境になっていると考えられる。本研究では大都市郊外の徒歩圏内で生活する高齢者の買物環境の現状について,地理情報システム(GIS)を用いて地形を考慮しつつ把握する。あわせてアンケート調査を行い,高齢者の買物環境や食品摂取状況についても整理し,買物環境との関係性を明らかにすることを目的とする。研究対象地域は愛知県春日井市にある高蔵寺ニュータウンとした。
 本研究の論文構成は下記の通りである。第I章では,フードデザート問題についての概要や先行研究について紹介し,研究対象地域である高蔵寺ニュータウンの概要を説明した。第II章では,GISを用いて,生鮮食料品店の立地からフードデザートマップを作成し,町丁目ごとの物理的なフードデザートエリアを特定した。第III章では,高蔵寺ニュータウンに居住する高齢者を対象にアンケート調査を行うことにより,高蔵寺ニュータウンの買物環境の現状や栄養摂取状況を知り,社会的な買物難民がどのくらい存在するのかを明らかにした。第IV章では,第II章と第III章の分析結果をもとに,物理的要因と社会的要因の2つを考慮しつつ,標高を考慮した買物環境と栄養摂取状況の関係性を考察した。第V章では,分析結果をもとに考察を行い,高蔵寺ニュータウンにおけるフードデザート発生防止策を提案した。第VI章では,研究結果を踏まえて,今後の課題について述べた。
 分析の結果,高蔵寺ニュータウンにおいて,生鮮食料品店が500m以内に立地している面積は27%と非常に少ないことや,多様性得点の平均値が2.8と低栄養防止基準点の4点や全国平均と比較しても低いことを考慮すると,高蔵寺ニュータウンはフードデザートが発生している可能性の高い地域であるといえる。しかし,アンケート調査によると,食料品の買物環境について不満を感じている住民は少数であり,1週間の買物頻度も比較的多いことから,発生要因としては,高齢者の健康的な食事に関する知識の不足ではないかと考えられる。また,アンケート結果のクロス集計や標高と買物環境や栄養摂取状況の関係性の分析から,店舗までの距離が遠い・標高差が大きい所に居住している場合や,自家用車を保有していない等,買物環境が整っていないと多様性得点は低くなる傾向にあることが分かった。しかし,買物環境が整っている場合や,買物頻度が多いケースでも,多様性得点が高くなると言い切れないことから,やはり栄養に対する知識や,バランスの良い食事をする意識が低いのではないかと考えられる。以上のことから,大都市郊外に居住する高齢者に対して,健康的な食生活についての正しい知識や,移動販売や宅配サービスなど食事・食品に関するサービスの情報提供を行うことで,多様性得点の平均値を上げ,健康被害の予防が期待できる。


水谷 亮斗:愛知県一宮市におけるモーニング文化を用いた地域おこし

 2013年12月に日本人の伝統的な食文化である「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され,日本の食文化が注目された。地域独自の文化である食文化は,いまや観光や地域ブランディングにとって強力なコンテンツであり,全国でも様々な取り組みが行われている。本研究では,2016年に「一宮モーニング」が地域団体商標に認定され,モーニングサービスの文化を用いて,地域おこしを行っている愛知県一宮市に焦点を当てた。取り組みの現状や課題について検討し,モーニング文化が地域の人々にどのように根付いているのか,地域が文化をさらに発展させるためどのように取り組んでいるのかについて考察を行った。
 第I章ではモーニングサービスの歴史や研究対象地域である愛知県一宮市のモーニングサービスの現状を調べ,喫茶店やモーニングサービスに関する先行研究を挙げた。第II章では,一宮モーニング協議会が「一宮モーニング」の文化の発展のために行っている取り組みの現状を整理し,その効果について検討した。第III章では,「一宮モーニング」に加盟する喫茶店の商圏人口や一宮駅からの距離などの立地の特徴について,GISを用いて空間分析するとともに,店舗の雰囲気やサービスとの関係性を明らかにした。第IV章では,協議会の取り組みと加盟店の分析結果の2つから「一宮モーニング」の現状をまとめ,さらなる発展への考察と提案を行った。第V章では,本研究のまとめを行い,今後の課題を検討した。
 その結果,一宮市では,一宮モーニング協議会を中心に,喫茶店などの地域住民が一体となり,イベントなどを通じてモーニング文化を根付かせ,さらなる発展を目指していることがわかった。また,分析から「一宮モーニングプロジェクト」加盟店は一宮駅からの距離が近いほど商圏人口が多い傾向にあり,遠い郊外では少ない傾向にあったが,加盟店94店舗どこへ行っても値段が大きく変わらないことが明らかになった。また,店の雰囲気別の立地分析では,「おしゃれな店」は商圏人口の多い地域に立地している傾向にあり,「家庭的な店」は商圏人口が少ない地域に立地している傾向がみられた。課題としては,2020年現在,様々なジャンルの店で導入されている,キャッシュレス決済やフリーWi-Fiが導入されていない店が多かったことであった。導入されている店の立地は一宮駅周辺に偏っていたため,郊外などの店で導入することで新たな客層が獲得でき,「一宮モーニング」の発展にもつながると考えられる。


藤田 夏希:地域愛着が定住志向に及ぼす影響―市民意識調査に着目して―

 「地方創生」において,人口減少や東京圏への一極集中が課題とされている。地方において地域社会の担い手が減少することによって,「まち」としての機能が低下し,地域の魅力・活力が損なわれ生活サービスの維持が困難になる。そこで本研究では,合併によって都市部から郊外部,農山村に至る広大かつ多様な地域特性をもつ静岡県浜松市を事例とし,地方創生における2つの課題である,「活力のある地域社会の実現」と「東京圏への一極集中の是正」をふまえ,市民アンケート調査から見えてくる地域に対する肯定的な評価が,地域愛着へとつながるのかの関連性を明らかにする。さらに,GISを利用し浜松市の行政区ごとの地域特性を把握し,地域愛着との関係を考察する。
 第I章では,地方創生の現状について調査し,地域愛着に関する先行研究を取り上げ「地域愛着」を定義した。第II章では,浜松市の基本情報及び,自然動態と社会動態の観点から人口増減について示した。第III章では,浜松市総合計画でテーマに掲げている「脱人口減少・少子高齢化への挑戦」をふまえ,市民アンケート調査における「雇用・子育て・医療体制・文化」の4点を含む項目から,区ごとの生活に対する満足度の比較を行った。第IV章では,コーホート分析とクラスタ分析を行った。コーホート分析では2010年から2015年の5年間での人口移動に着目し,地区ごとの特性を考察した。クラスタ分析では,「人口密度」,「人口密度変化量」,「15歳未満人口率」,「共同住宅居住世帯率」の4点から地区を6つのクラスタに分類し,各指標の平均値と他指標の数値から特徴を明らかにした。第V章では,第III章と第IV章の結果に基づきアンケート調査で示された各区の満足度と,コーホート分析とクラスタ分析で示された地域特性の結果を比較することで,各区の特性やどの観点に愛着を感じているのかを明らかにした。第VI章では,これら全てを踏まえ今後の課題をまとめた。
 クラスタの結果を見ると,市全域のスケールでは中区を中心に同心円状にクラスタが分類されており,中心部から離れるほど人口密度は低くなり居住形態が共同住宅から戸建て住宅へと変化していた。また各区のスケールでみると,主要道路に沿って都市的特徴を示すクラスタが示されていたり,区画整備された比較的新しい地区に人口が密集していたりしていた。これらの結果を踏まえると,中区は「利便性の良さや進学・雇用機会」,東区は「恵まれた雇用機会」,西区は「浜名湖のきれいな自然」,南区は「文化に対する誇り」,北区は「自然豊かな土地での子育てや今後の発展への希望」,浜北区は「子育てしやすい環境」,天竜区は「長年住み続けている」という観点が地域愛着へとつながっていることが明らかとなった。


藤村 眞大:地方都市における路面電車の現状と課題―豊橋市を事例として―

 近年の都市政策において掲げられている集約型都市構造の実現が挙げられる。その中で,本研究が着目したのが「LRTなどの公共交通導入」である。これは集約型都市構造を実現するための総合交通戦略の確実な推進の一つとして取り組まれている。本研究の目的は,新しい交通の形として着目され始めた公共交通の一つである路面電車(LRT)を,駅ごとの特性や利用状況等をGIS・アンケートを用いた分析により明らかにすることである。これにより,これからの時代路面電車がどのように変化したら日常的な交通手段としてより多くの人たちに利用されるようになるのかを導き出し,コンパクトシティの実現に向けた提案ができると考えられる。
 本論文での章構成は次の通りである。第I章では本論文の背景や先行研究について説明し,意義と目的を示した。第II章では対象地域である豊橋市と他地域における路面電車の現状の説明を行った。第III章ではGISを用いて電停の立地分析を行うとともに,豊橋市が行ったアンケート結果を利用して電停利用者の路面電車に対する意識分析を行った。GIS分析では,東田本線の全14駅に対して500mのバッファをかけ,周辺人口及び,施設の立地状況を明らかにした。アンケート分析では,得られた不満等の状況を分析し駅ごとの特徴を明らかにした。第IV章では,電停周辺の人口・施設分布状況と電停周辺の利用者の不満状況の二つの要素から電停を分類した。そして,特徴的な類型の駅についての考察を行うとともに,利用者を増やすための提案を行った。第V章で本論文のまとめと今後の研究課題を述べた。
 分析の結果,立地と利用者特性との関係を通じて,3の主要な類型が見いだされた。一つ目は,運賃に関して特に不満を抱えておらず,施設数が少なく人口が多い駅である。二つ目は,運賃に関して不満を抱えている・電停を降りてからが不便と感じている住民の割合が高く,施設数が多く人口が少ない駅である。三つ目は,自宅と電停が遠い・車両の乗り降りがしにくいと感じている人の割合が高く,施設数が多く人口が少ない駅である。これに対する案として,二つ目の駅は,レンタサイクルや駐輪場の設置,割引券の配布,三つ目の駅は,駅と駅周辺の施設の駐輪場の設置をそれぞれ挙げることができた。


山本 真未:中山間地域における高齢者の生活課題とセーフティネット―被合併地域に注目して―

≪2019年度 地域政策学部 卒業研究最優秀賞≫
 高齢社会が進行し,独居高齢者が増加している中山間地域では,地域包括ケアシステムの構築が推進されるなど,高齢者の日常生活を支援する取り組みが重要視されており,セーフティネットの必要性が高まっている。その地域特性から中山間においては特に生活必需品や移動手段に関する生活課題に対して,強固なセーフティネットが求められると考える。本研究では,「買物・医療・福祉」の3つの視点から,現状の中山間における生活課題及びサービスの実態を調査し,それに対するセーフティネット対策を検討する。また,浜松市天竜区と周智郡森町の比較から,合併の影響による住民サービスの低下や生活施設の減少を分析し,被合併地域におけるセーフティネットの課題を明確にする。
 第I章では,研究の背景と目的について述べた。第II章1節では対象地域の特徴と合併について,2節ではセーフティネットに関する各自治体の政策について取り上げた。第III章ではGISを用いて,2節では中山間の高齢化と過疎化による問題点を,3節では対象地域における高齢者の居住地の特徴を明らかにした。第IV章では,インタビューと住民へのアンケート調査を基に,セーフティネットに関する各自治体の実態と取り組みについて述べた。2節で地域の生活サービス(組織),3節で高齢者の人付き合い(地域),4節で住民ニーズに対するサービスの実態(個)について取り上げた。第V章1節では,III章とIV章の結果を踏まえ,現状の中山間地域の「買物・医療・福祉」における問題点を明らかにした。2節では,合併の影響による視点も踏まえ,被合併地域におけるセーフティネットの課題について考察した。第VI章では,まとめと今後の研究課題について述べた。
 「買物・医療・福祉」施設における人口カバー率の分析結果から,施設の全体的なカバー率の低さが明らかになった。中山間では,生活圏(移動範囲)に必要な生活施設が存在しない高齢者が多く存在し,地域によってセーフティネットに格差が生じることが判明した。一方でアンケート調査等から,生活施設や移動手段において困難を感じる高齢者が多く,ハード面へのニーズが高いことが判明した。また,中山間では地域のつながりが強く孤立化しにくいが,一部の独居高齢者などにおいては周囲の頼れる人や交流の機会が少なく,日常生活で困難を感じやすいことが分かった。以上のことから,中山間のセーフティネット対策として,生活施設やサービス数及び種類の充実が求められる。そのためには,サービスの担い手や運営資金の確保,交通に関するハード面への支援を強化していくべきである。また,被合併地域ではサービス主体が自治体全域スケールに移行することで,行政は細かな住民ニーズを把握しづらくなる。このことから,行政は地域の目線に立って連携を強め,自治体全域スケールでは対応できないようなサービス運営や,ハード面に対する支援に力を入れて取り組む必要があると考える。