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Last updated: 2021/1/28



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バンド (1990年11月)

確か歩道橋から写したもの。単なるスナップですが、今となってはこの風景は無理でしょう。ここら辺りの道路は高架になっているのでは?




セピア色の風景 ○ 上海1990年・五角場からバンドへ
バンド (1990年11月)

バンドから見た浦東地区です。黄浦江にたまたま船が写っています。
2006年夏、南京での音韻学会での帰り、上海に立ち寄りました。復旦大学の図書館を利用したのは1990年以来で、閲覧室の窓から外を眺めていると、タイムスリップしたかのような気がしました。復旦そのものは何度も行きましたが、5年振りに見ると結構変化しています。

別の日。復旦の正門から徒歩10分のところに五角場があり、ここから55番のバスに乗るとバンドに出ることができる筈。ところが五角場辺りは工事中で、バス乗り場を見つけることができず、暑かったのであきらめてタクシーでバンドに出ました。

上海に限らず、中国の風景は以前とは違っているところが多いような気がします。1990年前後コンパクト・カメラにリバーサル・フィルムを入れていた私。プリントアウトすると高いので、ほとんどフィルムのまま封印された350枚余り。最近スキャナの進歩が著しく、それに乗じてデジタル化を試み、ウェッブ上に載せてみることにしました。
復旦大学・国際文化交流学院 (1990年9月)

当時はここが留学生宿舎で、教室(留学生の中国語)もありました。五角場まで徒歩5-10分位。現在別の場所に新しい建物があるそうです。



五角場  (1990年。左は11月、右は9月)

五角場は道路が5本交差しており、慣れないと別の方向に行ってしまいます。話に聞くと私だけではなかった模様。交差点の周囲には商店、デパート等があります。自由市場ではいけすに泳ぐ魚、鶏まるごと、野菜や果物等が売られていましたが、その場所は2006年夏に見たところ、道路として整備されていました。当時渋柿とは知らずにそのまま食べたのは、文字通り苦い思い出。但し、これも私だけではなかったようです。