○一夕 一夜。 
○軽雷 かすかな雷の音。 
○万糸 たくさんの糸。春の雨をたとえる。 
○霽光 雨があがり、晴れ上がったばかりの時の日の光。 
○浮瓦 日光が瑠璃瓦の上に反射していることをさす。 
○碧参差 青い瑠璃瓦の上で、光がキラキラときらめいて落ちつかないさま。碧は青。
○芍薬 シャクヤク。 
○春涙 花の葉の上の、まだ乾いていない雨水のつぶ。 
○無力 花が雨にうたれ、ぐったりとしているさま。 
○薔薇 バラ。 

 《春の日に》

昨日は一晩中かすかな雷が鳴り響き、無数の雨の糸を降らせた。
今朝は晴れあがった空の日の光が瑠璃瓦に反射し、青い瓦の上できらめいている。
情け深いシャクヤクは春の雨のしずくを涙のようにたたえ、
力なげなバラは春の朝の枝にわが身をぐったり横たえている。


 この詩は秦観の代表作で、夜の雨があがったばかりの春の朝の情景を、あざやかにうたっています。後半は端正な対句で構成されています。


 




秦観 Qin Guan (北宋)

 秦観(しんかん)(1049〜1100)、字は少游(しょうゆう)、またの字は太虚(たいきょ)。号は淮海居士(わいかいこじ)高郵(こうゆう)(江蘇省)の人。元豊(げんぽう)八年(1085)の進士で、太学博士、秘書省正字兼国史院編修官などの官についた。北宋の代表的な詩人で、詞の作者としても名高い。蘇軾(そしょく)の弟子で、「蘇門四学士(そもんしがくし)」の一人。政治的には蘇軾と同様旧法党に傾斜し、このため党争の犠牲となって何度も左遷され、最後は藤州(広西壮族自治区藤県の東)で没した。『淮海集』がある。作風はきわめて繊細かつ精緻であり、やや女性的である。それゆえその作品を「女郎の詩」などとそしる批評もあるが、銭鍾書氏はこの点を弁護している。『宋詩選注』の秦観の紹介を参照のこと。






 春日  春日(しゅんじつ)(五首のうち一首)
       
一夕軽雷落万糸  
一夕(いっせき) 軽雷(けいらい) 万糸(ばんし)を落とし
霽光浮瓦碧参差  
霽光(せいこう) 瓦に浮かびて (へき) 参差(しんし)たり
有情芍薬含春涙  
有情(うじょう)芍薬(しゃくやく) 春涙(しゅんるい)を含み
無力薔薇臥暁枝  
無力の薔薇(しょうび) 暁枝(ぎょうし)に臥す 

〔詩型〕七言絶句 〔韻字〕糸、差、枝(上平声・支韻)