蒨桃 Qiantao (北宋)   

 
蒨桃(せんとう)(生卒年不詳)。北宋の寇準(こうじゅん)侍妾(じしょう)。その生涯の事跡は不明。「蒨桃」は、アカネ色の桃、の意。おそらくは愛称であって、本名ではあるまい。強いて訳すならば「すももちゃん」か。宋代においては、士大夫(したいふ)(読書人)階級の男性が正妻以外の女性を側室として身辺に置くことは、珍しいことではなかったようである。たとえば宋代を代表する文豪の蘇軾にも、朝雲という侍妾がいたことが知られている。
 
  呈寇公  寇公(こうこう)(てい)

一曲清歌一束綾  一曲(いっきょく)清歌(せいか) 一束(いっそく)(あやぎぬ)
美人猶自意嫌軽  美人 猶自(なお) 意 (かろ)きを嫌う
不知織女蛍窓下  知らず 織女(しょくじょ) 螢窓(けいそう)の下
幾度抛梭織得成  幾度(いくたび)()(ほう)りて 織りて成すを得たるかを


〔詩形〕七言絶句  〔脚韻〕綾(下平声・蒸韻)、軽、成(下平声・庚韻)通押

○呈 献呈する。ささげる。
○寇公 寇準に対する尊称。
○清歌 耳に心地よい歌声。またその声でうたわれる歌。                       
○一束 ひとたば。
○綾 あやぎぬ。高価で貴重な絹織物。
○美人 ここでは歌をうたう女性をさす。 
○猶自 二文字で「なお」と読む。それでもなお、の意。
○嫌軽 ほうびが軽いことを嫌がる。
○織女 織物の仕事に従事する女性。 
○螢窓 螢の光を灯火のかわりにしている、貧しい家の窓辺。 
○幾度 何回。何度。
○抛梭 織機の()を放り投げる。は、織機に横糸を入れるための道具。

○織得成 織物を織りあげる。

 《寇準さまへ》                                      

閣下は、歌姫が美しい歌を一曲うたうたびに、一束のあやぎぬをお与えになりますが、
美しい女たちは、それでもほうびが軽いことを不満に思っているようです。
ご存じないのでしょうか、その織物は、貧しい女工たちが螢の光のともる窓辺で、
何度も梭を投げながら織りあげたものなのだ、ということを。
   

 寇準は『宋名臣言行録』にも登場する北宋の名宰相ですが、若い頃から贅沢な一面があったことが『宋史』の寇準伝に記されています。この詩は、彼のそば近くにつかえた女性が、その過度の奢侈をいさめたものです。歌に対するほうびとして絹織物を贈る、というのは、今考えると奇妙な感じがしますが、たとえば唐の白楽天の「琵琶行」にも、都の富裕な若者たちが、当時評判だった琵琶ひきの女性に祝儀の絹織物をはずんだことがうたわれています。