東望山陰何処是 東のかた
往来一万三千里 往来 一万三千里
写得家書空満紙
流清涙
書回已是明年事 書
寄語紅橋橋下水 語を寄す
扁舟何日尋兄弟
行遍天涯真老矣 行くこと天涯に
愁無寐 愁いて
鬢糸幾縷茶煙裏
〔韻字〕是、里、紙、涙、事、水、弟、矣、寐、裏。
〔詞牌〕 「漁家傲」は双調で、62字。前後闋各5句から成り、それぞれ仄字で5回ずつ押韻する。陸游の作品としては、この1首のみが伝わる。
○寄仲高 仲高は、陸游の従兄にあたる
○山陰 陸游の故郷。今の浙江省紹興。
○何処是 (故郷の山陰は)どこがそれであろうか、の意。
○往来 行き来すること。
○一万三千里 自分のいる蜀と、故郷の山陰の間の距離を、誇張して表現したもの。必ずしも実数と考える必要はないであろう。
○写得家書 親族あての手紙を書きおえる。「写」は書く。「得」は完成をあらわす。「家書」は家人にあてた手紙。ここでは、従兄の陸升之にあてた手紙をさす。
○空満紙 思いをつづった文字が、むなしく紙に満ちあふれる。「空」は、かりに手紙を出したとしても、山陰はとても遠く、返事がいつ届くかわからない、という徒労感もしくは不安感を表すと考えられる。「満紙」は、紙いっぱいに文字が満ちあふれる。
○清涙 涙。「清」は軽く添えられた接頭語。涙そのものというよりは、涙を流す時の精神状態を形容するものと思われる。
○寄語 「寄言」に同じ。言葉を寄せる。
○紅橋 山陰にある橋の名前。「虹橋」とするテキストもある。
○扁舟 小船。
○何日 いつの日か。
○兄弟 ここでは、従兄の陸升之(仲高)をさす。
○行遍天涯 あちこちと天地の果てまで旅をすること。陸游は乾道六年(1170)閏五月に山陰を出発して
○無寐 眠らない。また、眠りにつくことができない。
○鬢糸幾縷茶煙裏 鬢糸は、白い髪の毛。幾縷は、いく筋、何本。茶煙は、茶をわかす時の湯の煙。唐・杜牧の「禅院に題す」詩に「今日 鬢糸
《漁家傲》一首 いとこの仲高兄に寄せて
はるか東の彼方にある故郷山陰の方角を眺めやれば、一体どこがそれなのでしょうか。
蜀と山陰との間を往来するには、一万と三千里。
故郷の親しい人にあてて手紙を書きおえれば、文字ばかりが空しく紙に満ちあふれ、
はらはらと涙が流れます。
返事の手紙が届くのは、すでに来年になってからのことでしょうから。
紅橋の下を流れる川の水よ、
小船に乗って親しい兄弟を訪ねに行けるのは、いつの日のことなのでしょうか。
あちこちと天地の果てまで旅をしたあげく、自分はすっかり年老いてしまいました。
愁いのあまり寝つかれません。
白い糸のような鬢の毛が何本か、お茶の湯気の中で揺れています。