駅外断橋辺
寂寞開無主
已是黄昏独自愁
更著風和雨
無意苦争春
一任群芳妬
零落成泥碾作塵
只有香如故
〔韻字〕主、雨」、妬、故。
〔詞牌〕 卜算子は双調で、44字。前後闋のいずれも4句で、仄字で2回ずつ押韻する。陸游の作品としては、この1首のみが伝わる。
○駅外 宿場駅の向こう側、の意。「駅」は、宿場駅。「外」は、向こう側にある、の意。
○断橋 こわれて渡れなくなった橋。
○寂寞開無主 (梅の花が)誰にも見られることなく、ひっそりと咲いている、の意。「寂寞」は、ひっそりと。「無主」は、主人(所有者、管理者)がいない。
○已是 次の句の「更」と呼応して、すでに~であるのに、さらにその上~になる、の意。
○黄昏 日暮れ、夕暮れ。
○独自 ひとりで、単独で、の意。
○著風和雨 風雨に見舞われる、の意。「著」は、~に見舞われる。「風和雨」は、風と雨。
○無意 ~するつもりがない、の意。
○苦 程度の甚だしいことを表す副詞。はなはだ。
○争春 他の花たちと春に美しさを競い合う、の意。「争春」は、春に美しさを競い合う、の意。
○一任 すっかりまかせておく、の意。「一」には、すっかり、まるごと、というニュアンスがある。
○群芳妬 さまざまな花たちが嫉妬する、の意。
○零落成泥 梅の花びらが散り落ちて、泥とまじりあって一つになる、の意。「零落」は、草木が枯れしぼむ意。陸游のこの詞では、梅の花が地面に散り落ちることをいうのであろう。
○碾作塵 散り落ちた梅の花びらが、踏みにじられて粉みじんになる、の意。「碾」は、すりつぶして細かく砕く。
○只有香如故 ただ香りだけがもとのように漂っている、の意。「如故」は、以前と同様、もとの通り、の意。
《卜算子》一首 梅の花をうたう
宿場駅の向こう側にある、こわれて渡れなくなった橋のあたり。
梅の花が、誰にも見られることなく、ひっそりと咲いている。
すでに夕暮れ時となり、ひとりで愁いに沈んでいるというのに、
さらにその上風と雨に見舞われる。
ことさら春に美しさを競い合う気持ちはなく、
さまざまな花たちがねたむのにすっかりまかせておく。
花びらは散り落ちて泥にまみれ、さらに踏みにじられて粉みじんとなったが、
ただその清らかな香りだけが、もとのままに漂っている。
陸游には梅をうたった詩が百数十首あるが、詞の中ではこの作品が最もよく知られる。制作時期、制作場所は不明。