范成大 Fan Cheng da (南宋)

 范成大(1126~1193)、字は致能、また至能。号は石湖居士。呉郡呉県(江蘇省蘇州)の人。紹興二十四年(1154)の進士。徽州(安徽省歙県)司戸参軍を授けられ、以後、枢密院編集、秘書省正字、著作佐郎などを歴任。乾道二年(1166)には吏部員外郎に進んだが、指弾されて退官し、帰郷した。翌三年にはまた処州(浙江省麗水)知州に起用され、五年、礼部員外郎から起居舎人に進む。乾道六年(1170)、祈請国信使、資政殿大学士として北の金国に赴き、節を全うして帰った。この時の紀行文が『攬轡録』である。帰国後、中書舎人に昇進したが、翌七年には外戚の重用に反対して辞職。しかし、すぐに復帰し、静江府(広西壮族自治区桂林)の知府となって南の桂林に赴く。この紀行を『驂鸞録』という。淳熙元年(1174)には四川制置使・知成都府に任命され、四年間滞在した。任をおえて成都から故郷に帰るまでの記録が『呉船録』で、陸游の『入蜀記』と並称されている。朝廷に帰還して、淳熙五年(1178)には参知政事(副宰相)に就任したが、わずか2ヵ月で辞任し帰郷。その後、地方官を歴任中、病気を理由にしばしば引退を乞い、同九年(1182)許されて故郷に帰ると、晩年は石湖(江蘇省蘇州)に隠居し、ほぼ故郷で過ごして没した。死後、崇国公に封ぜられ、文穆と諡された。范成大は、南宋の四大著名詩人の一人である。彼の詩は人民の愛国の情と民間の苦しみを反映しており、なかでも彼が晩年に書いた「四時田園雑興六十首」は農村の生活の現実・農民の労働の苦しみと喜びを比較的全面的で深刻に描写した、清麗で精緻な絵巻物である。詩の中には清新で素朴な土の香りが充満しており、従来の個人の隠逸思想を託した田園詩とは異なり、中国の田園詩の伝統を創造的に発展させ、その創作を一つの新しい高峰へと推し進めた。南宋四大家(陸游・楊万里・尤袤とともに)の一人である彼は、当時の国情を憂える愛国詩人とも言われるが、それにもまして「四時田園雑興」60首に代表される田園詩の数々で、農村や農民に温い理解を示した田園詩人としての名が高い。『石湖居士詩集』がある。

 四時田園雑興  (晩春その三)

胡蝶双双入菜花  胡蝶 双双として 菜花に入る
日長無客到田家  日 長くして 客の田家に到る無し
鶏飛過籬犬吠竇  鶏は飛びて籬を過ぎ 犬は竇に吠ゆ
知有行商来買茶  知る 行商の来たりて 茶を買う有るを

〔詩形〕七言絶句  〔脚韻〕花・家・茶(下平声・麻韻)

○范成大は、総題を「四時田園雑興」とする一組の大規模な連作を書いた。題の下には本来前言があり、制作の事情を記す。「淳熙丙午、沈疴少〓、復至石湖旧隠、野外即事、輒書一絶、終歳得六十篇、号『四時田園雑興』」 。この連作は、淳熙十三年(一一八六)、作者が石湖(今の江蘇省蘇州)で養病していた時に書かれたものであることがわかる。 
○四時 一年の四季。 
○雑興 詩興に従って書き、固定した題材がないこと。作者は農村の生活の中での見聞と感想を、随時に絶句に書き、多方面・多角度から江南農村の風光景物・風俗習慣・天災人災・生活労働を反映した。言語は自然通俗で、形象は鮮明生動で、内容は真実豊富で、詩人の主要な代表作である。この大型の組詩は全部で六十首で、六十歳の時に作られた。原詩は総題の下に更に「春日」「晩春」「夏日」「秋日」「冬日」の五つの小さなグループに分かれており、各小組ごとに十二首である。この一首は「晩春」の小組の第三首で、暮春の農村の静寂な情景を書いている。 
○日長 日中の時間が長い。 
○籬 まがき。垣根。竹・木・葦などを編んで作った囲い。 
○吠 犬がほえる。 
○竇 壁に開けられた、犬のくぐり抜けるための穴。 
○行商 行商人。ここでは、茶の葉の販売人をさす。 
○買茶 お茶の葉を買い取る。宋の時には茶の葉の官府専売制度を実行したが、行商人は官府の許可を得た後、やはり茶農家から茶の葉を買い取ることができた。

 四季折々の田園生活の感興 その一

チョウがつがいになって菜の花の中に飛んで入り、
晩春の日長に、農家を訪れる客もない。
突然、ニワトリがまがきを飛び越えて逃げ、犬がくぐり穴の中から吠え立てる。
何事かと思えば、仲買人が茶を買い集めに来たのだった。


 チョウが一対ずつ、菜の花畑の中に飛んで入る。暮春の農村の環境は、何と静かなことだろうか。突然、一陣の騒動が起こり、ニワトリは垣根を飛び越え、犬も穴の中でひっきりなしに吠え立てて、静寂を打ち破る。農民は、一年また一年の生活習慣から、この時節には、ただ村々を歩き回る茶の商人がやって来て新茶を買うだけだということを知っている。この詩は、古代の農村の田園生活と自然経済に対する賛美であり、今日読んでみても一定の意義がある。なお、井伏鱒二氏にならい、この詩を七五調に戯訳してみたので、参考までに。

ちょうちょひらひら なのはなばたけ
のどかないなかの ひるさがり
とつぜんわんわん こけこっこ
おちゃのあきんど やってきた