陳師道 Chen Shi dao (北宋)
陳師道(1053~1102)、字は無己または履常。みずから後山居士と号する。彭城(江蘇省徐州)の人。若い頃は曽鞏に学んだが、新法党が勢力をふるった時期は、王安石の学問に反発して科挙に応じなかった。その後、蘇軾らの推挙により徐州教授となり、潁州教授、太学博士などを歴任。元符三年(1100)冬、秘書省正字となるが、職を辞して帰郷し、世を去った。狷介な人柄で権力者におもねらなかったため、生涯を貧窮のうちに過ごした。詩作の上では唐の杜甫を尊崇し、江西詩派の開祖として黄庭堅と並び称された。「蘇門六君子」の一人でもある。黄庭堅以上に苦吟を好み、そのため表現が生硬で晦渋になる傾向があるが、素朴な表現の中に真摯な感情のこもった良い詩も書いている。『後山集』がある。
(注)陳師道の卒年を1101とするテキストもある。
絶句
書当快意読易尽 書は快意に当たりては 読みて尽くし易く
客有可人期不来 客に可なる人有れば 期すれども来たらず
世事相違毎如此 世事 相い違うこと 毎に此の如し
好懐百歳幾回開 好懐 百歳に幾回か開かん
〔詩形〕七言絶句 〔韻字〕来、開(上平声・灰韻)
○書 書物。本。
○当快意 本を読んで楽しい気持ちになる。
○読易尽 すぐに読み終わってしまう。
○客 来客。客人。
○可人 作者がよしとする人。気に入った人。
○期 人と会う約束をする。
○世事 世の中の物事。
○相違 食い違う。あてがはずれる。
○好懐 よい気持ち。満足した気持ち。
《絶句》
おもしろい本はすぐ読み終わってしまうし、
気に入った人は会う約束をしても訪ねて来てくれない。
世の中の物事は、いつもこんな風に食い違うものだ。
のびのびと楽しい気持ちになれる時は、百年の間に一体何回あることだろうか。
道家の古典『荘子』の盗跖篇に、盗跖という大泥棒が孔子に向かって「人は上寿は100歳、中寿は80歳、下寿は60歳だ。病気や葬式などを除けば、そのうち口を開けて笑うことができるのは月にたったの4、5日ではないか」と言った、という話があります。この詩の結句で陳師道はこの故事をさりげなく用い、自分の鬱屈した気持ちをうたっています。彼は平民の身分で役人となり、また蘇軾の一派と目されたために免官されるなど、貧窮と不遇の中で一生を過ごしました。思い通りにならないことは、さぞ多かったことでしょう。