相談室だより

 

 

学生相談室を卒業します

 

2022.03.31 

 

 学生相談室に関わって、20年近くになろうとしている。この間、様々なことが浮かんでは消えるという感覚がある。臨床という現場は、人を相手に相互に今心の中で起きていることを理解し、共有しながら作業を進めていくことを原則とするが、学生相談室という場はその原則が成立しにくいところであると痛感する。これは、学生個人の問題なのか、大学という環境の問題なのか、我々、専門家の問題なのかを分析すると433の割合で学生個人の問題であるという気がしてならない。その理由は、関係性が持ちにくい、否や持てない領域にいる人が増えてきていると思う。その背景には、すべて自らの意思で主体的に行動する力が弱くなる育て方が影響しているのではないかと思う。つまり、母子関係が濃厚な、濃厚すぎるか、希薄であるか、希薄すぎるかのゾーンに位置する中で身動きが取れないまま、青年になっているのではないか、母子を考えるとき母親の問題も母親自身の母親からの影響も考慮する必要があるが、この世代間の問題は虐待のみならず、一部健康であるが、一部病んでいる青年たちにもあてはまると思う。このゾーンにいる青年を形容するなら「悩まない」「悩めない」「悩むことを知らない」青年と表記した方がわかりやすいだろう。

このような青年への対処法はあるのだろうか?このゾーンにいることを理解させる心理教育的な働きかけが必要だが、子が健康を回復すると親の問題が表面化して新たな局面展開される事態も視野に入れる必要がある。学生相談室がそこまで対応するのは困難であろう。学生相談室はあくまでも愛知大学の学生でいる間の支援が中心であるから。この心理教育的なテーブルに学生が就くだけでも、就いただけでも学生相談室の釣果といえる。この事情を学生相談室のメンバーは、皆共有しているが、共有できない環境が存在していることも事実である。

学生相談室は、悩む青年にも誠意をもって対応しているが、よくよく話を聞くと「困っている」「困り感」に支配されている青年もいる。彼らもまた「困り感」を解決して欲しいという気持ちで来室してくるのである。この場合、自ら解決しようとするよりも解決のための手順を求め、そこに即効性がないとなかなか納得しないのである。

このような多種多様な青年たちへの学生相談室のメンバーはひたすら彼らの安心感獲得への支援を続ける忍従を必要とする。メンバーも彼らの健康回復への一縷の望みを託しながら仕事をしているのである。

学生相談室以外の臨床の場を数多く経験している筆者は、それらの場は比較的出口が見えていると思っている。この春、貴重な経験をさせていただいたことに感謝しつつ、学生相談室を卒業します。

長期にわたるご協力とご厚情にありがとうございました。お元気で!!!

 

文学部 心理学科 教授 木之下隆夫

 

 

 

 2022.02.04

 

自分の知り合いに精神疾患の人なんていない、精神疾患は、特別な変わった人がかかる病気、心の持ちようでどうにでもなるはず、と思っている人は多いのではないでしょうか。

厚生労働省が3年ごとに実施している患者調査によると、2017年の精神疾患の患者数は419万人です。日本の総人口を1.2億とすると3.5%、単純計算で20人の知り合いの中に一人も精神疾患を持つ人がいない確率は49= (1-0.035)^20となります。これは医療機関を受診した人だけを含む数字なので、実際の患者数はもっと多いはずです。精神科に通うというのはそんなに珍しくないことなのです。

こころの不調は、なんか変だけど気のせいだと思われがちです。ちょっと眠れなかったりイライラしやすくなったりしたくらいで、さあ病院に行こう、とは考えづらいかもしれません。でも眠れなかったりイライラしやすくなったりするのはこころの要注意サインです。海外の研究によれば、精神疾患を持つ人の半数は10代半ばまで、3/420代半ばまでに発症していました。大学生の皆さん、こころの不調を感じたときは、早めに心療内科・精神科クリニック、行きづらければ学生相談室に相談してくださいね。

そして、友人知人から精神科に通っているなんて聞いたことがない、と思った人。今一度、日頃のご自身の言動を振り返ってみましょう。こころの病気を悪く言うあなたに傷付けられている人は案外たくさん隠れているかもしれません。

 

                          精神科校医 石塚佳奈子

 

 

 

今、ここを生きる

2022.01.06

 

皆さんの中には、つい考え過ぎてしまう、すぐに悩んでしまうという方もいらっしゃると思います。そういう方は、いつも心配事で頭の中がいっぱいの状態で、何となく気分も良くないかもしれません。実は私も、基本的にはそういうタイプで、先のことを心配して、あれこれクヨクヨ考え、ブルーな気分に…。

そんな私が何年か前に出会ったのが、「マインドフルネス」という概念です。私にはこの深遠な概念の正確な定義を述べることはとても出来ないので、私なりの理解になりますが、「今、ここに意識を集中させる/今、ここを生きる」といった雰囲気で捉えています。

ちょっと意識して、自分が日頃何を考えているか観察すると、「今夜のおかずはどうしよう…」とか「あの仕事、うまくできるだろうか…」といった日常的なところから、「10年後はどうなっているのかなあ」「あの時の失敗は恥ずかしかった…」など、過去や未来について考えていることがいかに多いかに驚かされます。つまり、体は“今、ここ”にいるのに、頭と心は別の時空に行ってしまっている状態です。脳科学的にはこの状態は、脳がとても疲れる状態のようで、うつ病などのこころの病気との関連性が指摘され、研究もたくさん行われています。

では、私たちはどうしたらいいのでしょう?関連する書籍を紐解くと、「瞑想をして今ここに集中する訓練をする」とあります。でも、皆さん「瞑想」ってどうですか?ちょっと自分には…と違和感を覚える方も多いかもしれません。でもマインドフルネスの定義を思い出すと、要するに「今目の前で取り組んでいることに注意を向ける」ということでしたよね。わざわざあぐらをかいて瞑想をせずとも、今取り組んでいること、例えば歯磨き、食事、歩く…などに意識を集中させるだけで、瞑想と同じ…とまでは言えなくても、“今ここ”に集中する練習ができます。(ちょっと違うかもしれませんが、「全集中」という言葉が流行りましたね)。やってみると、たった数分の作業でも、すぐに注意がそれ、「頭と心がいつも違うところに行ってしまっている」ことに気付くことができます。

 いかがでしょうか?皆さんも、ちょっと自分が日頃何を考えているかを観察してみて、頭と心が別の時空に行ってしまっていることに気付いたら、そっと注意を“今ここ”に戻してみて下さい。その結果気持ちが穏やかになることを実感できるかもしれません。お試しあれ!!

(もちろん、瞑想に興味がある方はぜひやってみて下さいね。“心の筋トレ”とも言われ、即効性はないですが、集中力アップや気持ちの安定に効果的です!!)。

 

名古屋学生相談室 梅村

 

 

 

結果オーライを目指そう

2021.11.29

 

将来に悩む学生が年々増加しているような気がします。将来つきたい職業が見つかりません、、、という暗い表情の1 2年生に出会うとかわいそうになります。これは、メディアや大学などにおいて、就職活動に関する報道やキャリア教育が盛んになっていくことに原因があるのではないでしょうか。自分だけが遅れている、と感じてしまうのも無理はありません。悩んでいる学生には、つきたい職業なんてなくたっていい!と言うのですが、世の中のプレッシャーが強すぎて、圧倒的少数派の僕の意見を聞いてもなかなか安心してくれません。

一般的には目標ができると次は、それに向けてどう行動したらいいか考えて見よう!と言われます。講座、ボランティア、インターン参加などですよね。その通り行動して目標が達成できればいいのですが、それが叶うのは一握りの学生だけでしょう。達成できず、方向転換が簡単にできず路頭に迷う学生もいます。自分がやってきたことは無駄だったんじゃないか、と思ってしまうようです。

僕は入門ゼミで出会った1年生には、目標を持たない方がいいこともあるんじゃないか、と伝えています。目標を決めずにやりたいことを片っ端からやる。やりたくないこともとりあえず挑戦してみる。そうすることで、かたよらない知識や経験が増えて、偶然出会ったことに興味を持つことが増えます。つまり、こちらから目標を掲げて一直線に向かっていくのではなく、ふらふらすることで好奇心の守備範囲を拡げて、たまたまついた職業が楽しいと思える確率を高めるという作戦です。狙いをつけて型にはまったものよりも、型を持たない結果オーライな人生を最初から目指した方が気楽じゃないですか?

 

経営学部教員 古川邦之

 

 

 

信じる者は救われる

2021.10.21

 

 ケサランパサランや四葉のクローバーなど、世の中には見ると幸せになれると伝えられているものがあります。新幹線電気軌道総合試験車、通称「ドクターイエロー」もその一つに数えられています。大学が新幹線の線路脇に建っているため、見た人も多いのではないでしょうか。

 しかし、私はこのような非科学的なことを一切信じません。血液型による性格診断や占いは頭ごなしに否定しますし、心霊現象に関しては、そのトリックを暴く番組は見ますが、心霊現象自体を扱った番組はいまだに一度も見たことはありません。このようなことは何ら科学的根拠がないからです。科学で説明できないこともある、と言われるかもしれませんが、それはまだ解明できていないだけであって、いずれ説明できるときがきます。事実、心霊現象の多くはトリックや目の錯覚です。

 私がいつからこのような性格になったのか定かではありませんが、高校受験を控えたある日、両親から、地元では有名な知恵の神様を祭った神社にお参りに行くと誘われましたが、「そんなところに行っても意味がない」と返答し、両親から怒られました。ということは、既に中学三年生の時には今のような性格になっていたことになります。その気持ちはその後も変わることはなく、大学受験の際には、「神様にお願いして合格できるなら、今頃全員東大生だ」という考えのもと、一度も受験の神様に参拝しませんでしたが、無事合格しました。ただ、私の考えは、ときには人を困らせてしまうことがあります。大学時代の友人は、非科学的なことに拒絶反応を示す私の態度をよく知っていたため、その人物が資格試験を受験する際、合格祈願のお守りを私がプレゼントしたところ、「神仏を信じていない人物からお守りをもらってもご利益がない」と言い返されてしまいました。

その一方、私は毎年神社仏閣に初詣に行っています。おかしいではないかと思われるかもしれません。しかし決して矛盾していません。拝殿の前で私は何も願い事をせず、ひたすら無の境地になっています。ここでも、大学受験の時と同じで、「神様にお願いして願い事が叶うなら今頃私は大金持ちだ」と考えているからです。初詣は言うなればちょっとした旅行気分で出かけているだけです。いつもこのような考えでいるせいか、ドクターイエローをこれまで何回も見ているにもかかわらず、神様は私を一向に幸せにしてくれません。まさに、「信じる者は救われる」のであって、信じない者には何もありません。

ちなみに、先程の大学時代の友人のことですが、信仰心のない私の願いを神様が叶えてくれるはずはありませんので、彼は残念ながら試験に不合格となってしまいました。

 

法学部教員 前嶋匠

 

 

 

最強の野菜スープ

2021.09.17

 

9月から豊橋校舎の学生相談室に毎週金曜日と奇数週の水曜日を担当することになりました。豊橋校舎のみなさん、はじめまして。よろしくお願いします。

豊橋校舎は車道校舎とも名古屋校舎とも違う、自然豊かな校舎という印象があります。学生相談室の窓は大きく、季節がすぐそこに感じられます。

コロナ禍でわたしたちの生活は大きく変わりました。もう2年以上好きなアーティストのライブは行われないまま。スポーツ観戦も隣の人と席が離れていて、大きな声で応援することもできません。自由に旅行をすることができないし、親しい人と会食する機会がなくなりました。

できないことは多いのですが、そんな生活の中でも楽しみはないわけではありません。マスク作りをきっかけに、ガーゼ生地でパジャマを作ったり、ステイホームで料理の時短メニューや残り物アレンジご飯など、工夫するようになりました。

最近よく作っているのは野菜スープです。6ℓの圧力鍋で作りますが、普通の鍋でも十分。

 

*用意するもの。和風だしとコンソメ。

*1日目。玉ねぎ、大根、人参。あればキャベツや白菜。しめじやマイタケ、キノコ類。時間があるときはサラダ油でニンニクとショウガを軽く炒め、香りを出してから、野菜を投入。油をごま油に、コンソメを鶏ガラスープにかえると中華風や韓国風にもアレンジできます。圧力鍋で野菜と一緒にむね肉を丸ごと入れて15分加圧すると基本のサラダチキンになります。スープの味にうまみが加わります。

*2日目。残ったスープにトマトの水煮缶を加え、ベーコンやウィンナーを加えたり、ひき肉(肉団子)やミックスビーンズを加えるとチリコンカン風に。

*3日目。豆乳とクリームシチューの素を加えるとか、カレー粉を加えるとカレーにもなります。

*基本のサラダチキンはバンバンジーやシンガポールチキンライスとしてメインデッシュにもなります。

 

ポイントは最初のスープを薄味にして各自塩コショウで味を調えることと、時間と気力のあるときに野菜をまとめて切っておくこと。味変しやすく、ごはんにもパンにも合うし、家計の節約もできる最強の野菜スープです。長時間キッチンに立っていなくても誰が作ってもおいしく仕上がります。

うちでは料理をしない日は「〇日は食堂を休業します」と事前に告知します。すると家族は「きょうは休業かあ」と各自で何かしら調達してきたり、テイクアウトしたりしてそれなりに長期化しつつあるステイホームをしのいでいます。

 

豊橋校舎・車道校舎学生相談室カウンセラー にしはら

 

 

 

秋学期の開講に寄せて

2021.09.16

 

秋学期が始まり、学生の皆さんは、どのような心持ちでいるでしょうか。移動や諸活動の制限の中、それまでの日常とは大きく様変わりした生活に、いろいろな仕方で対応してきたことと思います。それ以前と比べて、自分にどんな変化があったのか、振り返ることはあるでしょうか。自分自身の1年半を振り返ってみると、めっきり減った行動が沢山あると同時に、コロナ禍でなければ、生まれなかったのではないかという意外な変化が起こっていることにも気づきます。例えば、家にいる時間が増え、ラジオをかけていると、今までは関心がなかったジャンルの音楽を聴くようになったり、本棚で眠っていた本を取り出して、もう1度、読み返したり。何気ない変化ですが、コロナ禍だからこそ、起こり得た日々の生活の拡がりがあるならば、それは大事にしたいと思います。

もう1つ、再確認したのは、人と話すことの大事さでした。他者と話すことで、相手を通して自分の心理的な動揺に気づいたり、心の状態をチューニングする機会を確保することは、心理的な健康を維持するうえで、大切な要素です。以前と比べて、コロナ禍では、大きな悩みではなくても、誰かにちょっと話を聞いてもらいたい、という機会を持つことが難しくなっていると思います。そのような場合は、遠慮なく学生相談室に来てください。

 まだ、「コロナ収束後の世界は、もうすぐだ」という実感を持てる状況にはないですが、それでも、収束後を見据えて、学生の皆さんには、コロナ禍の間に「今だからこそできること」を一人ひとり見つけて、実践してほしいと思います。繰り返しますが、そのときに、心理的なサポートが必要になる場合は、学生相談室を利用してください。

 

文学部教員 吉岡昌子

 

 

 

「今ここ」の経験を味わってみると

 2021.09.22

 

先日、名古屋校舎近くの歩道に、とっても大きなウンコが落ちていました。通勤のたびに興味深く観察しておりましたところ、徐々に乾燥したり踏まれたりして体積を減少させていき、1週間後にほぼ平面になった後、大雨で流されて消失しました。観察している間、割に多くの人が、「歩きスマホ」でウンコに気づかず、かなり大胆に踏み込んだりして、茶色い足跡を残していきましたが、皆さん、あんまり気にされないんですね… 「ウンコを踏むくらい、別にどうってことない」という豪胆な方々が多いのかもしれませんけど、そもそもスマホに夢中でウンコを踏んだことに気づいていない方が多いようでした。

 そんな観察をしていた頃、「歩きスマホ」の人が踏切内で電車にはねられて死亡されるという痛ましいニュースが放送されていました。報道番組としては、歩きスマホは危険だからやめましょうという趣旨だったのですが、それはもちろんそのとおりであるとして、心理士としては「ながら」で歩いたりスマホしたりしていること自体が、もったいなく悲しいことのように思われます。

 大学やその近辺で食事をしていても、スマホを見ながら、その合間に食べ物を口に入れている人が多く見られます。せっかくの食事であるならば、味や香りはもちろん色や形、食感など、五感を駆使しながら集中して食事をした方が、幸福感を味わえます(スマホのゲームとか情報も、集中してゲームや情報を楽しんだ方が幸福感を味わえます)。心理療法の一種に「レーズン・エクササイズ」というものがありますが、これはレーズン一粒(レーズンがなければ、チョコレートでも飴でも御飯粒でも、何でもいいです)を、五感を駆使してじっくりと観察しながら味わうというトレーニングで、日本の大学生を対象にした研究によれば抑うつ気分の高い人の「肯定的気分」を高める効果があることも確かめられています(中井あずみ2017「レーズン ・ エクササイズ参加者の抑うつ気分の程度と、自動操縦状態への気づきおよび肯定的気分との関連」『明治学院大学心理学紀要』27)。これは、「今この瞬間に経験していることに気づき、価値判断せずその経験に注意を向ける態度」を身につけることによって心身症状を緩和させたりストレス軽減を図ったりする「マインドフルネス」と呼ばれる心理療法の一環として用いられています。

 今、自分が見ているもの、聞いているもの、匂っているもの、触れているもの、味わっているものなどに、もっと注意を向けてみませんか? そうすると、危険を回避できるだけでなく、ストレスが軽減できたり、ひょっとすると幸せを実感できたりするかもしれませんよ。

 

加納 寛(国際コミュニケーション学部・教員)

 

 

 

ご無沙汰しています

2021.09.10

 

しばらくお休みをいただいており、この4月に復帰しました。さようならがちゃんと言えなかった卒業生の皆さん、お元気ですか?そして、在学生の皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

お休みをいただいている間に世界は激変し、大学もIT化が進みました。自分だけ新しくできた様々な“当たり前”に気持ちがついていけない、まるで浦島太郎のような気分(そういえば前述の竹内さんは学内で亀を見たそうです笑)。たくさんの教職員の方々に精神的に技術的にサポートしていただきながら、そして学生さんたちの奮闘に励まされ、時にひっぱってもらいながら、なんとか過ごしてきた2021年前期でした。

しかし、2020年は大学も学生さんも未知のウィルスの存在に脅かされながら、沢山の判断を求められ、超特急で新しい仕組みを作り上げて、それに適応を求められ…私の体験や想像より遥かに大変だったことと思います。そして、2021年はこれまでの疲れが出てきている頃ではないでしょうか。くれぐれも無理することなく、過ごして頂きたいと思います。

最近の個人的な良い出来事の一つに、Zoomでの恩師との再会があります。なかなか遠方まで会いに出かけるということはコロナ禍でなくても難しいですが、Zoomが身近なものとなり、約10年ぶりにお会いすることができました。先生は、昔から年齢を重ねることに前向きな方でしたが、60代から国際的な資格取得のための留学を始められ、70代で無事に取得されたそうです。「ゆっくりでいいんだよ。他人と比較はしないこと。そして、自分の大切にしたいものを見つけることだよ。」と先生は教えて下さいました。まだまだコロナも先行きが見えず、日々不安にさいなまれてしまいますが、私も目の前の一歩一歩をしっかり歩いて行きたいと思います。愛大生の皆さんもご自身を支える人やモノ、目標などが見つかりますように。学生相談室もその一つになれましたら幸いです。

 

名古屋学生相談室 五藤

 

〔以下、情報提供です。〕

@   公立陶生病院 感染症内科 武藤義和医師 『今週のコロナニュース』:コロナの最新情報がわかりやすく掲載されています。今回はワクチン接種についてです。

https://drive.google.com/file/d/10inm0Jx8d_cdtO_5PvdWk_FnEcbEUwbv/view?fbclid=IwAR3Wt5Yz2KkJnZm8G98eFScZUMxt33Ov55V9L3RW1X8nwj45zNW66NtW3c

 

A   国立精神・神経医療研究センター 『コロナに負けない:不安との付き合い方』:自分の感情との付き合い方、呼吸法、周囲の不安を抱えている方とのコミュニケーションの方法などが記載されています。

https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/anxiety/index.html

 

 

 

キャンパスモールに巨大カメ発見!

2021.08.25

 

7月中旬の朝、出勤の途中、急いでキャンパスモールを歩いていると、生協食堂の前で何やら黒い大きな物体が動いているのを見つけました。な、なんと、それは体長30センチもある巨大なカメではありませんか。名古屋駅近くの都会にある大学のキャンパスで、まさかのカメに遭遇。

 田舎で育った私ですが、何故だかカメにはあまり縁がなし。小中学生時代によく行った公園内にある小さな水族館の壁に飾られていた大きなウミガメの剥製しか、カメの記憶はなし。カメは海に生息するもので、浦島太郎を乗せて龍宮城に連れて行ってくれるものというイメージでした。

 水もないキャンパスモールにどうしてカメがいる?とびっくり。慌てて写真を撮りましたが、遅刻寸前。干あがってしまうんじゃないかとキャンパスモールにある鯉が泳ぐ愛の塔の池に入れてあげることも頭に一瞬浮かびましたが、一生そこから這い上がれなくなるんじゃないかと思ったり。

 出勤して、「キャンパスモールに巨大なカメがいた!」と騒げど、「カメなんてどこにでもいるし」とみんながスルー。海なし県で育ったから野生のカメを見たことがなかったのかなあと思ったり。近くの小川にはフナとザリガニはいたけど、カメは見たことなし。海の近くで育った学生も「海じゃなくても、陸にもいるし」とスルー。

 自然科学の教員、古川先生にメールをすると、「中川運河から来たのかな」と返信。しかし、カメの甲羅にはフジツボまでついてる。フジツボと言えば、海だよね。ということは、海に生息していた? 海から中川運河を遡って、はるばる愛知大学まで来た??と、私の頭の中はミステリーでいっぱいに。 後日、古川先生から聞いた「中川運河は海水だよ」という一言で、フジツボの謎はあっさり解けました。

 ネットで調べると、このカメはアメリカ原産のミシシッピアカミミガメ。別名ミドリガメが大きくなったものだということも判明。以前、縁日で売られていたカメですね。ペットとして飼っているうちに、3年で10センチ、さらに成長すると甲長30センチ近くになるらしい。大きくなって家庭で飼育しきれなくなり、河川や池に放されて、野生化して繁殖。在来の生態系を侵しているということで、現在では環境省の生態系被害防止外来種に指定されているようです。

 帰りにキャンパスモールでカメを探しましたが、どこに行ったのやら、姿は見当たりませんでした。中川運河に帰っていったのか、誰かに捕獲されたのか。見た人はいるかな?

 カメに遭遇したおかげで、夏休みの自由研究のようにいろいろと勉強になりました。

 ちなみに、地元の水族館のウミガメは、淡水の水槽でしばらく飼っていたため、寄贈されて1ヶ月ほどで亡くなったようです。海なし県って、海水と淡水もわかってなかったということでしょうか。小さい頃に読んだウミガメの剥製の展示説明が、カメは海に生息するものだという私の思い込みにつながったのかもしれません。命は大切にしたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

名古屋学生相談室 竹内

 

 

 

コロナ禍のコミュニケーション!

2021.07.16

 

今年度もオンライン授業と対面授業での春学期でしたね。春学期ももうすぐ終わり、テストが始まります。この夏休み、皆さんはどのように過ごされるでしょうか?コロナ禍で、以前のような解放感のある夏は今年もできないかもしれませんね。コロナの感染者数は、収まる様子はなく、このまま東京オリンピックに入っていくとなると、なんだか不安が残ります。今後もコロナと一緒に共存していく生活は続くようです。感染予防は今後もしていく必要がありますね。コロナの予防接種も進んでいますが、学生さんが予防接種をできるようになるのは、まだ先のようです。この以前とは違う生活は、まだまだ続き、今後はこの生活が主な状態となりえるかもしれません。

コロナ禍により、オンライン授業ができるようになり、通学に時間をかけなくてもよくなりました。交通費が節約できること、自分の良い時間にオンデマンド授業を視聴できることなど、便利な点はいくつかあります。しかし、学生生活の醍醐味といえる、授業やサークル活動や部活動などの人と人との交流が制限されてしまいました。学生さんの声には、高校時代のように、クラスメイトと会って話ができることを想像していたのに、それが全くできなくて、思っているのと違ったという感想や、サークル活動、部活動で先輩たちに直接聞けていた授業の情報、また授業を受けている学生同士で得る課題などについての情報も以前のようにはうまく聞くことができなくなってしまったというものがあります。

私も、友達に会うことに躊躇することが多く、なかなか会えなくなりました。そして、安全のためにオンラインビデオ通話で話をすることを選択するようになりました。外国の友達とも簡単につながるし、県外の友達ともオンラインでつながるようになりました。近所ですが、年に何回か会っていた友達とも、オンライン飲み会をするようになりました。でも、直接会って話をすることに優るものはないとも思います。肌で感じるその場の雰囲気は、会わないと感じられないものがあります。画面上だけで楽しさを共有することは、難しいように思います。それは、このやり方にまだ慣れないからだけでしょうか。

学生相談室の相談の仕方は、この一年で変化しました。対面での面接だけでなく、電話相談、オンライン相談と今のニーズに合わせて、学生さんが活用しやすいようにやり方が増えました。対面での相談では、感じることができなかった、電話相談やオンライン相談の違いも少しずつ分かってきました。

人は、五感をフルに使って、相手と接しているのだなと思ったのです。目で見る、耳で聞く、匂いを感じる、肌で感じる、舌で味わうなど、いつもなら何も思わないで感じていたものが、制限されてやっと気づいたのです。相手をそれら全体で感じて、私は人と接していたのだなと。カウンセリングの中でも、ただ人の話を聞くだけでなく、その場の雰囲気すべての情報を感じ取って、相手の話を聞いていたのだと気づいたときには、電話でのカウンセリングやオンラインでのカウンセリングは、非常にやりにくいと思いました。でも、それもそれなりに慣れてきて、以前より少ない情報のなかで、やり取りすることもありだなと思うこともあります。

人と人とは、繋がっていくことに意味があることもあります。どんな方法でも、繋がることで癒されることもあります。電話やオンラインの方が、相談室まで行かなくてもよいから便利と思う人もいるし、人と対面することがとても緊張するから会わなくて済んで話ができることがよいという人もいるかもしれません。また、人によっては、オンライン授業の方が、人と直接接しなくて済むことが楽と感じる人もいます。直接人と会うことへのハードルが高いと感じる人もいることも忘れてはいけないとも思います。

人によって思うことは違って、必ずしも直接会わなくてもよいことを、今は選択できます。お互いのニーズにあった方法をとることができるようになったので、今の新しい方法の出会いを大切にしたいと思います。

今後も、コミュニケーションのやり方は、多様になってくると思います。オンラインの導入には、とても抵抗を感じましたが、いろいろな方法を知って、それを試しながら、相手のニーズを探っていくことも今後は必要なことだなと思います。

皆さんも、限られたコミュニケーションにストレスを感じることもあると思いますが、人とつながるツールはたくさんあることを忘れずに、果敢にチャレンジしてほしいなと思います。

この夏も、素敵な思い出ができますように、祈っています。

 

豊橋学生相談室 長坂

 

 

Zoomから雑感

2021.06.29

コロナ禍において、オンライン授業を行っております。オンラインがよいとか対面がよいとか、単純に二分して決めることのできるようなものでもなく、オンラインのよい側面もありますし、対面のよい側面もあります。私は短期大学部のゼミを豊橋にて行っております。基本的にはゼミは対面で行うということになっています。この状況下なので、ゼミにおいても感染防止に注意しながら授業を実施することになります。そのため、ゼミでありながら、学生同士が会話するグループワークやディスカッションはなるべく避けて、私のみがしゃべる講義のような運営になりました。その形式にて進んでいたのですが、教員として卒論ゼミがこれでよいのかと違和感がありました。

5月の途中から短大部のゼミをリアルタイムのオンラインで行うことにしました。この時期は就職活動のためゼミへ参加する学生が減ること、コロナ対策レベル2への移行なども勘案して決めました。ゼミをリアルタイムのオンラインにて行うことは昨年度も行っていなかったため、私にとって初めての試みでした。

ゼミをリアルタイムのオンラインで行ったところ、オンラインということで密にならず、学生同士のグループワーク、ディスカッションを安心して行えました。その際に、zoomのブレイクアウトルームの機能を使いました。初めは、人数の多い方が話も弾むだろうと、5人とか6人とかで一部屋を設定して実施しておりました。学生の感想を聞いたところ、話しづらいという声があがります。何人が良いの?と聞くと、二人とのこと。さっそくブレイクアウトルームの1ルーム当たりの参加人数を二人に設定して行うと、楽しかったとか、あまり知らない同級生と話ができたとか、楽しげな声が伝わってきました。学生同士の仲が良くなると、全体の場での発言も闊達になり、その発言の中身も周りを伺って遠慮したものから、それぞれの学生の個性や意見の違いを反映した充実したものになっていました。

こうやってとりとめもなく、経過中心に書いてみると、「zoomのブレイクアウトルームは二人がお奨め」というだけの話なのですが、すこし視点を変えると、モノを作り上げる際の変化ということがいえると思います。最初は完璧ではない、作り手と使い手が少しずつ相互に交流して作り上げていく。プロなのだから、それで飯食っているのだから最初から完璧なものをという考えもあるでしょうが、現代社会の中でそのような考え方が適切なのでしょうか。プロが作り上げたモノが最初から完璧なものであることはあるのかなぁという疑念もあります。たぶんそういうモノは、とんでもない値段で、個人向けのオーダーメイドだったりするのでしょうね。吊しでなく、オーダーの背広も、採寸と仮縫いがあるのが普通ですから、プロが完璧を目指して作るものほど、事前準備や調整、アフターケアが備わっているのでしょうね。あなたの中のプロ論や完璧、どうですか?

 

岡田圭二(経済学部、教員)

 

 

自粛下読書のすすめ

 2021.05.24 

 

コロナ禍で移動の自粛が求められるようになり、2年目となった。物理的な移動がままならない今の時期に、学生の皆さんに勧めたいことの1つが読書である。先日、フィリップ・オーディング(著)、冨永星(訳)による「1つの定理を証明する99の方法」を読んだ。3次方程式をテーマに定理の証明を古今東西、99通りの方法で行うものだ。中には意表をつくものの多く、思わずニコッと、あるいは、くすっとなるページ(例えば、39通り目は「折り紙」である)もあった。本書の帯には「数学の可能性を解き放つ」という言葉が添えられている。同様に、読み手の心も現実の制約から解放されるような、どこまでも世界が広がっていくそんなワクワクした感じを覚えた。さまざまな時代や場所をひとっ飛びに駆け巡ることができるのは、読書の魅力だ。コロナ禍ではこの魅力はさらに増すのではないか。これが読書を勧めたい1つ目の理由だ。

2つ目の理由は、同書のタイトルに表れている。1つの問題を幾通りもの視点から捉えられることは、頻度や程度の差こそあれ、私たちが人生で出会う膠着状態を解消するうえで有効な心理的スキルである。心理療法の分野でも、心理的柔軟性(こちらは心理的健康に関わるより包括的なスキルであるが)についての研究が進んでいる。読者は、他者の視点(著者や著者の目を通した登場人物の)を疑似体験できるので、読めば読むほど知らなかった世界が広がる。日々の経験に向き合う視点を増やすのに良い方法だと思う。コロナ禍にできた時間を、本を読むことにあててみてはどうだろうか。

 

文学部教員 吉岡昌子

 

 

HOME

ごあんない

相談員紹介

学生相談室の様子

相談室だより

2020年度の相談室だより