初めてのファームステイin CANADA

2007816日~96

9期生 05E2364 鈴木里沙

 

カナダ行きを考え始めたのは、イギリス短期留学から帰国してまもなくのことであったが、その時は幾つか迷いがあったので、カナダ行きを少しためらっていた。しかし今振り返るとカナダ行きを選んだ私の選択は正しかった。日本からカナダまでは空の一人旅・・メインのカナダで3週間のファームステイを体験し、そしてお隣のアメリカまで足を延ばしてNYシティも満喫してきた。

☆ ファームステイをすることになった理由 ☆ 

 それは偶然ではない必然的な出会いがきっかけだった。20063月に豊橋駅のホームでカナダ人の女の子に出会った。それが今回お世話になったカナダの家族の娘さん、Anitaである。彼女はベンチに座って『やさしい日本語』というタイトルの本を読んでいた。私は彼女に話し掛け、同じ電車に乗り、アドレスを交換し、連絡を取り合って行き来するようになり、カナダの実家まで行ってしまうことになる。何て無用心な・・と思う人もいるかもしれない、しかし私たちの間には不思議な縁がたくさんあった。彼女が電車で行こうとしていた新城、そこで彼女は英語の先生をしていた。その仕事先は私の高校時代の友人の実家。また彼女がホームステイしていたのは、私が小学校時代にお世話になった先生の家。それも出会った後から分かったのだが、必然的な出会いとしか思えなかった。そしてファームステイをすることになった理由は単純である。Anitaの実家がカナダの牧場だったから。

☆ ついにAnitaが待つカナダへ ☆ 

 2007816日の夕方の便で日本を出国することになっていたのだが、前日までアルバイトに明け暮れていた。海外進出のための資金づくり。そして「一人」でカナダまで行くというプレッシャーもあって、緊張モードが続いて準備もギリギリまでしなかった。準備をしないことで現実逃避()・・情けない。しかも出発当日からハプニングが。豊橋駅でスーツケースのコロが一つ取れた。おいおい、大丈夫か私の一人旅。幸先不安。直すことも出来ず、思うように引けないスーツケースを持って、カナダ行きの飛行機に乗り込んだ。約12時間半の長いフライトを経てやっとカナダ、トロントのピアソン国際空港に到着。そこでAnitaと約1年振りの再会をすることができた。彼女の家はトロントから車で2時間走ったところにあるWoodvilleという小さな町にあった。見渡す限り大自然・・リスやスカンクもいて、車で30分走らないとスーパーも何もないところだったが、私はこの場所がすぐに好きになった。日本では感じたことのないゆっくりとした時間が流れていて、違う世界がそこにはあったから。そして今まで牧場という場所にあまり行ったことがなかったのだが、とても魅力あふれる、また命の大切さを学ぶことができる場所だと感じた。ファームステイするくらいだから私がかなりの動物好き・・と思った人も居たのではないだろうか。自信を持ってはっきり言える、それは大間違い。小学校時代にあった交代で行う飼育当番。実はすごく苦手でウサギ小屋に入るのもためらってしまうレベル。日本では動物も全然触ったりできなかったのだけど・・カナダでは何故か平気で何でも触ったり出来て、体当たりで牧場生活を楽しんでいた。対応できてしまうことに驚くが・・これぞ郷に従え、私の海外生活スタイル。

☆ 牧場での私の仕事 ☆ 

 私がファームステイさせてもらった牧場は、180頭以上もの乳牛を飼育している大きな牧場で、1日に2(早朝4時から8時までと夕方4時から8時まで)搾乳して牛乳を出荷し生計を立てている。そしてAnitaが私にくれた仕事は子牛にミルクを与える仕事である。子牛に大きな哺乳瓶でミルクを与えるのだが、これが思ったより難しい。すごい力でミルクを吸うため、本当にしっかり哺乳瓶を持っていなければならなかった。でもミルクをあげながら「生きる」ことはこういうことなのだなと実感した。子牛が一生懸命ミルクを飲む姿には何か考えさせられるものがあった。人間の中には自ら自分の命を終わりにしてしまう者もいるけれど、他の動物たちはそんなことは決してなくて、必死に生きようとしていた。牛の出産にも立ち会うことができた。感動のあまり涙がこぼれた。青空教室で命の授業を受けてきたような気分。また子牛の世話以外にも毎日手伝ったのは搾乳の作業である。一度に16頭の搾乳が可能で、180頭全部の牛の搾乳を行った。他にもトラクターを運転したり、芝刈り機に乗り込んで芝刈りをしたり、180頭の放牧してある牛を牛舎に戻したり・・私と同じ年齢の日本人の女の子の中で一体どれくらいの人が、こういった牧場の仕事を体験したことがあるだろうか。面白いことをたくさん経験し、そして随分とタフになった気がする。「初めて」で溢れていた牧場での生活が大好きだった。

 AnitaWarrenの結婚を祝うブライダルシャワー ☆ 

 929日にAnita7歳年上のWarrenと結婚をした。ブライダルシャワーは結婚式前に行われるもので、まず日本では体験できないイベントの一つだろう。花嫁に食器やグラス、タオルをはじめとした新婚家庭にとって必要なものが贈られる。シャワーを浴びせるように、たくさんのプレゼントが贈られることからこの名前が付いたらしい。明日からでもすぐに新婚生活が始められるだろうと思うほど、本当にたくさんのプレゼントが贈られていた。そしてパーティーに欠かせないのは料理とケーキ。食べるのが勿体無いほど可愛くてユニークなケーキが多かった。

☆ カナダでもお婆ちゃんっ子?! ☆ 

 私は昔からお婆ちゃんっ子である。でもこれはカナダに行っても変わらなかった。AnitaGrandmaはすごく優しくてステキな人で、私を孫の一人のように想って接してくれた。そして料理が上手で、どんな料理でもお手のものだったので、私はすぐに弟子入りした。特にGrandmaの作ったパイとスコーン(カナダではティービスケットと呼ばれていた)がすごく好きで、一緒に作らせてもらった。滞在中にチャレンジしたのはピーチパイ、チョコレートパイ、バナナパイ、ブルーベリーパイの4種類とレーズンのスコーンであり、帰国した今でも暇があれば作っている。そう、私が料理に目覚めたのもGrandmaの影響であることは言うまでもない。Grandmaとの思い出はたくさんあり、いつも私の手を引いて歩いてくれた。共に時間を過ごせたことが何より嬉しかった。旅行ではなくて、滞在だからできたのだろう。

 ひょんなことからアメリカへ~NYシティ旅行~ ☆ 

 冒頭でも少し触れたのだが、今回カナダ以外にアメリカにも行ってきた。イギリス、カナダに続いてアメリカ・・20073カ国目。日本を出国するちょっと前に決まった34日NYシティの旅。実は日本の家族にもはっきりは伝えてなくて、NYへ発つ前日にカナダから「明日からNY行ってくるね」と連絡した。Anitaと彼女のMomと行く初めての旅行は34日で短い時間だったが、セントラルパーク、自由の女神、エンパイア・ステート・ビルをはじめとして、NYの至るところを回って、多くのものを実際に見て独特の雰囲気を感じてきた。でも同じ都会だったら、NYよりもイギリスのロンドンの方が好きかなぁ・・あくまで私の受けた印象に過ぎないが、NYが日本でいう大阪ならば、ロンドンは京都のイメージ。歴史をたくさん感じることができるのはロンドンの方だろう。そして慌しいNYでは私は暮らしていけそうもない。カナダでスローライフを送っていたから余計にそう感じるのかもしれないが。時間の流れるのも速くて疲れもピーク、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。でもそんなことも言ってはいられない。NYから飛行機に乗り込み次に向かうのは・・。

☆ カナダといえば・・?? ☆ 

忘れちゃいけない、カナダと言えばナイアガラの滝である。そう、次に向かったのはナイアガラの滝。Anitaの実家と利用したバッファロー・ナイアガラインターナショナル空港の間に滝は位置しているので、帰りに寄ろうと計画していたのだ。疲れたなんて言ってはいられない、初めて見るナイアガラの滝は有名なだけあって迫力満点。そしてそのすごさには大興奮。NY旅行を通して見た美しい風景や目新しい街並みも印象に残っているが、私の中で最も強く印象に残っているのはカナダで見た朝日だ。これは今までに見たことがないほどキレイだった。大袈裟かもしれないが、この朝日を見ることが出来ただけでも、カナダに来た価値はあったような気がした。

☆ ファームステイを振り返って・・ ☆ 

私は愛情をいっぱいもらいながら、新しいこともたくさん経験した。私が出会ったカナダの人たちはすごく温かくて愛情を持って接してくれるステキな人たちばかり。そして今回、何より実感したのは私の名前「里沙(リサ)」がいかに国際的で、彼らにとって親しみやすさを持っているかということ。最初の頃は「あなたの名前、外国名はリサで日本名は何て言うの?」と聞かれたりもしたが。確かに日本人っぽくない名前かもしれない。だからこそカナダにとってコモンな名前を持っている、黒髪で背の低い東洋人の私をすぐに皆は覚えてくれたのだろう。カナダでの思い出はトランクにも詰めきれないほどあったのに、最後の最後でもっと胸がいっぱいになった。日本へ帰国する前日にサプライズで誕生日のお祝いしてくれたのだ。AnitaWarrenがバースデイケーキを持って現れて、DadMomGrandmaも皆そろって大合唱・・私は突然のことでビックリして状況がしばらく掴めず、そのあと嬉しさの余り号泣・・20歳の1年間は好きなこと、憧れていてずっとやりたかったこと、初めてのことをたくさん経験出来たからこそ、今までで一番充実していて忘れられない1年間で、その20歳最後の日も21歳の1年の始まりの日もカナダで大好きな人たちと過ごせて幸せだった。だからこそ別れはつらかった。出会いがあれば別れもある。分かっているはずなのに、別れが苦手で涙、涙・・になってしまう。

でも心にいい栄養分をたくさん与えてもらって帰って来た。生きていくためにとても大切なことを心がたくさん感じた。物質第一主義のこの日本では得られない「心の感じ」だと思っている。カナダに行って本当に良かった。そして今でも不思議に思ってしまう、Anitaと出会えたこと。人との出会いは一期一会。でもこの出会いは一期一会で終わらせたくない。今度は日本でAnitaWarren3人で再会する約束をした。だけど絶対またカナダに帰るって決めた。そしてGrandmaに会ってギュってまたハグしてもらうんだ。