― 相談室だより ―

 


 

 

 

気分転換するゆとり

 

 

2017.12.19

 

すっかり寒くなってきました。寒いと心が荒むというか、寒いのに耐えるだけでも精神的にはエネルギーを使うような気がします。(実際のところ、科学的なメカニズムは知りません)

寒さに耐える、ということでなくても、ちょっと無理して頑張ることが続くと、時に、“ねぎらってほしいなあ、いたわってほしいなあ”と思うことがあります。

別に、どうしてほしい、というわけでもないのですが、ちょっと無理して頑張ってるんだから、そこの“ちょっと”の“無理”を、わかってよ〜、とでもいう感じ。

普段私は、“わかってよ”と思う時は身近な人にそう訴えることが割と多いのですが、先日、あえて訴えずに、その訴えたい瞬間をそのまま過ごしてみました。

すると、というか、でも、というか。結果、なんということはありませんでした。別に、訴えなくても、時間が経って場面が変わったら無事に気分も変わって、特段の支障はなかったのです。

まあ、それに気づいたのも、気分転換するゆとりがあったからだとは思いますが。

休息をそれなりにとっていれば、そんなに“訴え”なくても凌いでいけるのかもしれません。

 

車道学生相談室 林                                             

 

 

 

やりたいからやる

 

 

2017.11.20

 

今年も名古屋キャンパスの学園祭「ささしま祭」が終わった。毎年、多くの模擬店や教室企画、ライブ、そしてミスコンなどで盛り上がっている。もちろん主役は学生たちだが、実は教員である私も、学祭は1年間でトップクラスに忙しい時期である。

 ここ数年、学祭では2つの教室企画に関わっている。1つは、経営学部のカフェで、ここでは学生たちとカフェ経営をしながら、学部の広報活動をしている。メニューや内装、魅力的な広報について、目を輝かせながら考える学生たちと活動するのは本当に面白い。また、来場した地域住民の方々と大学の話をすることで、多くの新しい発見も得られて楽しい。もう1つは、専門である自然科学に関する実験や試料の展示である。これは実験室で活動する教員や学生たちと共に企画している。来場者たちには主に化石や鉱物の説明をしているが、好奇心旺盛な老若男女たちで本当に感心する。ほとんどの人は、目を輝かせながら私の説明に耳を傾け、思いも寄らない純粋な質問をしてくれる。

 もちろん、これらの準備には相当な時間がかかる。昼休みや土日を使って作業するのでとても忙しい。とても忙しいが、これは誰かに頼まれた仕事ではなく、やりたいからやっている。なぜやりたいのかと言えば、目の前で好奇心に満ちあふれていく人たちの姿を見ると、自分も楽しくなるからである。ましてや自分の発信が興味を持つきっかけなのだから、なおさらうれしい。大学や科学教育のためなどの利益や効果を追求せずに、やりたいからやることは、ストレスなく純粋に楽しむことができる。やりたくないことはこっそり手を抜いて、やりたいことには労力を惜しまず全力を注ぎたい。

 

                       経営学部 古川邦之                                                         

 

 

 

私の大学時代

 

 

2017.10.13

 

今思えば、やりたいことがいっぱいあって、興味関心も人並みにあり、毎日を楽しめていた。大学生活はそんな充実した日々だったと思う。

 習い事もいろいろやった。お茶にお花、洋裁、着付け、料理教室といろんなところに通った。長く続くものとそうでないものもあったが、自分の興味が満たされて、お金が続く限り何かをやっていた。

洋裁をやりたいと思ったのは、自分が着たいと思う服を作りたいと思ったから。着物にも興味があって、着物が着たいからと、お茶を習い、着付けも習った。料理は、他の事の方が面白くて、あまり続かなかったけど、現在に至っては、お友達の影響でお菓子作り、パン作りにはまっている。それから、映画も大好きで、当時はお金がなくて、DVDがでるまで待って新作を見ていた。

大学時代の自分は息を抜くことばかり考えていて、いい成績を取りたいと思う気持ちもあったが、単位が取れたらそれでOKで、それよりもバイトをして自分のやりたいことに使って、それに対して情熱やエネルギーを注いでいた。それがとても自分自身を満たしていたように思う。その時は、のどが乾くように、何かに対して渇望していた。何っていうものが、具体的にあったかというと、そうでもない気もするが、その何かを探すために、とりあえず思い当たるものをやってみるという感じだった。好奇心を満たすことに対して、行動より気持ちが先にあって、自分のやりたいことは、まだまだ満たされないという感覚だった。

あのころが懐かしいと思えるのは、20代の自分から、年齢を重ねたせいだろうか。あの焦るように何かを求める気持ちはなくなった。あの時だから、持てた気持ちだったのだろう。今は、優先順位が変わってきていて、やりたいことがあっても、それは後回しにすることも多い。それも、環境が変わったから、しょうがないとも思えるし、今の生活にも別の意味で満足も感じている。

大学時代に、やりたいことをやりきったお蔭で、今は時間を持て余すことなく、一人の時間を楽しめている。時間があれば、手芸をしよう、お菓子やパンを作ろうと思えるし、久しぶりに映画館に行ってみようとか、以前楽しんでいたことを振り返るように今も同じように楽しめている。

もちろん、大学時代は自分とは何者なのかというテーマでとても悩んでいた時期でもある。いろんなことをやっていたのは、それを探すための行動だったと思う。

愛大の学生さんたちも、いろんな悩みをたくさん抱えていると思うが、自分のために自由に時間を使えるこの大学生活を、それぞれが思うように過ごしてほしいと思う。私のように、いつかそれが貴重な時間だったと気づく時が来るかもしれない。

 

豊橋学生相談室 長坂                                                         

 

 

 

憧れの病気

 

 

2017.08.07

 

今年もまた暑い夏がやって来た。暑いのが苦手な私にとっては嫌な季節である。しかも、気象庁の発表によると、今年は猛暑とのことである。もっとも、昨年も一昨年も「今年は猛暑」と発表しており、もはやこの暑さが平年並みといった方がいいくらいである。そういえば、明治時代の東京は、熱帯夜が年間1日か2日程度だったと聞いたことがある。これだけみても、いかに今が暑いかが分かる。

 この暑さを乗り切るため、この時期は扇風機がフル稼働である。もちろん、夜寝ている間も扇風機は回り続けている。扇風機をつけたまま寝ると死亡するという噂があるようだが、これだと私はこれまで何回死亡したのか分からない。それどころか、既に今年も何回か死亡している。エアコンをつければいいではないかと思うかもしれないが、部屋にはそもそもエアコンがない。

 しかし、エアコン無しの生活でも、一つメリットがある。エアコンの効いた部屋で一日中過ごすと体がだるくなる、いわゆる冷房病にかからなくてすむことである。最近のエアコンは性能がいいからなのか、昔ほど冷房病というのを聞かなくなったが、それでも、快適な部屋の中に居続けて汗を全くかかないのは汗腺機能の低下につながり、健康に良くない。

 世の中には、がんや心臓病、風邪など実に様々な病気が存在しており、人間誰しも病気にはなりたくない。むろん、私も同じである。しかし、ただ一つ私がかかってみたい病気がある。それがこの冷房病だ。大学院生時代に住んでいた下宿は土地のくぼんだ所に建っているうえ、周りを大きな建物で囲まれていたため風の流れが悪く、おまけに下宿の部屋には窓が一つしかなかったため、部屋の中に全く風が入って来ず、夏には深夜0時でも室温が30度もあるほどであった。当然、寝むれるはずがない。そこで、扇風機を窓の外において、外気を部屋に送り込んだり、体に水滴をつけて扇風機の前に立ち、気化熱を利用して涼を求めるなど、貧乏人なりに様々な工夫をこらしてきた。そのため、「冷房の当たりすぎは体によくない」という記事を目にするたび、うらやましくて仕方なかった。私にとって冷房病とは、エアコンを買うお金があり、電気代も気にしなくて済む人たちがかかる贅沢病である。

 大学教員となり、毎月給料が入るようになったにもかかわらず、根っからの貧乏性からか、電気代のことを考えると、エアコンを買うのを躊躇してしまう。今年もまた憧れの病気にかかることなく夏をやり過ごしそうな気がする。一度はこの病気にかかりたいものである。

 

法学部 前嶋匠                                                               

 

 

 

 

キャンパス植物園

 

 

2017.07.24

 

アガパンサス、キンシバイ、ゼラニウム、ヒルザキツキミソウ、早春から夏にかけて色とりどりの花咲くキャンパスを歩くのは毎日植物園を訪れているようで楽しい。

研究館前のスペースには、廃材の白いパイプを合掌式に組んだ支柱に、荷造り紐を縦横に通した網が置かれ、フウセンカズラがそこに勢いよく蔓を這わせている。少し前に種を巻いたばかりだと思っていたら、あっという間に風船状の緑の実がいくつも膨らみ、支柱の白との対比が涼やかだ。グリーンカーテンは2号館の学生ラウンジ前にもある。こちらはフウセンカズラより少し遅れて朝顔が蔓を伸ばしている。前期はあと1週残すのみとなったが、もしかすると一番成長の早いものは試験期間中に初花の咲くのが見られるかもしれない。

学生の皆さんは暑さや試験勉強に疲れたら、外を眺め朝顔で涼をとってみては。さて、後期はどんな花が咲くだろうか。

 

文学部 吉岡昌子                                                               

 

 

 

 

言い訳しないこと(立派な事なの?)

 

 

2017.06.02

 

仕事柄、学生が問題を起こしたときに面談、その後、指導ということをします。あまり気持ちの良い仕事でもなく、役目上、仕方なし(こういったらなんですが)にやる仕事というのが正直な所です。他人を高見から「あーだ、こーだ」と論評するのはそんなに気持ちのよい仕事ではありません。だってそんな立派なのことを自分が言えるのかと自分で自分を問うてしまうからです。「僕も仕事だから言うけどね。。。」と言い訳してから、ご高説をたれるわけです。すなわち言い訳ですね。

 

この言い訳ですが、問題を起こした学生、特に男子学生を指導していると次のような言葉をよく聞きます。

 

「申し訳ありません。悪いのは私です。言い訳はしません。」

 

大変に男らしい、立派な言葉だと思いますが、これを言われると困ってしまいます。ある問題が起きた場合に、なぜその問題が起きたのか、その問題を再発させないためにどうすれば良いのかを考える事ができなくなるからです。でもこのような言葉をいう学生は、どことなく誇らしげに、こういうことをいえる自分は立派だというかのようにいいます。

 

なぜそんな風になってしまうのか、私のは「屁理屈をいうな」教育(しつけ)があるのだと思います。小さい頃から親や先生に言われませんでしたか? 

 

「屁理屈言うな、よそはよそ、うちはうち、人のせいにするな」

 

たとえ、小学生であってもきちんと論理だって原因と結果を考え、悪いこと良いことの原因を見つめ、失敗を繰りかえさない工夫をする、自分を責めすぎずに社会や環境の原因要因を指摘して未来を見据えて少しずつ改善を目指すことが大事だと思います。自信をもって言い訳をして、その後ゆっくり少しずつ改善していきましょう。

 

(ちなみに我が家ではお父さんは言い訳が人並み外れて多いと指摘されております。) 

 

経済学部 岡田圭二                                                               

 

 

 

 

 

 

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