第8章 日本輸出決済における円建て比率について

                        

05ES1008 楊敬

 

はじめに

輸出決済における円建て比率は、円の国際化というテーマに関連している。円の国際化といえば、以下の三つの点が上げられる。

「表示通貨としての円―わが国との貿易をはじめ、国際間の貿易やサービス取引の表示通貨として円が使用されること。わが国輸出入における円建て化がもっとも重要であろう。

準備通貨あるいは資産通貨としての円―外国の政府や機関投資家などの非居住者などの円建て資産を保有することであり、わが国への証券投資やユーロ円の保有などが代表的な例である。

金融取引通貨としての円―国際間の金融資本取引に円が使用されることであり、わが国からの円建て中長期貸付の供与や、円建て外債の発行などがこれにあたる。[1]

日本の輸出総額は2004年に61,169,979,094000円(8549億ドル)[2]に達し、アメリカ、ドイツに次いで世界第三位である。それに対して、2004年の日本の輸出決済における円建比率は93年以来の最高値(図表1)を記録したものの、相変わらず40.1%という低い水準に止まっていた。一方、アメリカ、ドイツの輸出決済における自国通貨建比率は日本のと比べて一段と高い。円の使い勝手は日本の貿易実力と全然合わないことがうかがわれる。米ドルと対抗するユーロが誕生して以来、円の国際化が再び提出されるようになった。輸出決済通貨の機能は、国際通貨として円の使われ方の一つとして、つまり円の国際化の一方向であり、かつて注目を浴びていた。小文は輸出という点に焦点を絞って、日本と東アジアと米国との貿易パターンという角度から日本の輸出決済における円建比率の低さを説明していきたい。

出所「輸出入決済通貨建動向調査」通産省(983月以前)、「貿易取引通貨別比率」財務省(20011月)より筆者作成

 

第一節:日本・東アジア・米国の貿易現状

日本、米国、東アジアをめぐる貿易においては、地域間の輸出入に密接な相互依存関係が存在している。その背景には、東アジアが日米企業の生産拠点としての役割を果たしていることが大きく影響している。関満博先生は「80年代末までの日本企業のアジア進出は、『安くて豊富な労働力』を求めるにすぎず、各地に『輸出組立基地』を形成するものであった。広大な土地を手当てし、工場を建設、安い労働力を集める。そして、日本から『部品』を供給し、そこで組み立て、外国に『輸出』したのである」[3]と書いてあるように、特に、80 年代後半以降、日本の製造業の多くが「円高」への対応として、東アジアに生産拠点を移す動きが活発化し、日本から東アジアに対する直接投資が大幅に増加した。一方、米国は、東アジア諸国にとって、最大の輸出先として重要な地位にあり、特に経済の輸出依存度が高い東アジア諸国にとって米国は、最終需要地として極めて重要な存在である。

①日本の輸出について

2000年に入って以来、世界におけるIT産業の需要拡大及び米国景気に伴い、日本・東アジア・米国の地域間の貿易が増大している。よく知られているように、IT 関連財の生産プロセスは、部品、半製品、製品といった各段階にわたるグローバルな分業体制が、高度に発達している。その中で、量産部品の生産や、加工・組み立ての中心的な役割を担うのが、中国を含む東アジア地域である。部品や半製品が域内で活発に往来し、最終製品が、米国や欧州を含む世界市場へと輸出されていく。こうした国際分業構造のもとで、部品の製造における比較的技術優位性を持つ日本の輸出は、世界的なIT 需要の拡大に際して、最終消費地よりも、加工・組立て基地である東アジアに向けて、増加する傾向を強く持つものと考えられる[4]

[5](表1)日本の実質輸出の地域別内訳(季調済前期比%)

 

 

20024Q

20031Q

20032Q

2003.3Q

2003.4Q

米国

<24.6>

3.4

-9.9

0.9

-1.5

5.2

EU

<15.3>

1.4

6.3

0.2

1.2

4.1

東アジア

<44.9>

3.4

7.9

-2.5

7.1

9.2

(注)< >内は、2003 年通関輸出額に占める各地域・国のウェイト。

出所:財務省「外国貿易概況」、日本銀行「企業物価指数」

 

実質輸出の地域別内訳をみると(表1)、「東アジア向けは、2003 年中、新型肺炎(SARS)の影響で落ち込んだ第2 四半期を除き、毎期、季節調整済み前期比で79%程度、年率にして30%前後のような伸び率を記録した。[6]上記の点と一部重なるが、米国の景気回復が、日本から東アジアへの輸出を誘発しやすくなっている、という点も念頭に置かねばならない。日本の米国向け輸出と東アジア向け輸出を比べてみると、もともと東アジア向けの方がもっと右上方トレンドをもっているだけではなく、とくに2002 年以降は、米国経済が回復する中で、米国向けの輸出が総じて横ばいにとどまる一方、東アジア向けの輸出は大幅に増加している。その増加の背景に、米国の景気回復が重要な役を演じていたことは無視できない。

日本の輸出先は主として東アジア及び米国の二つからなっている。対東アジア貿易は、日本企業の現地生産工場に部品材料を日本から輸出し、最終製品を米国などに再輸出あるいは日本に引き取る取引がかなりの部分を占める(対米輸出していた製品のことを迂回輸出ともいう)。対米国貿易は日本から直接に米国に貿易財を輸出するというやり方である。そうしてみれば、「米国の景気停滞は、日本の米国向け輸出を直撃するだけでなく、東アジアの米国向け輸出の減退を通じ、日本のアジア向け輸出にも間接的な打撃を与える。[7]」すなわち、米国向けの輸出にしても、東アジア向けの輸出にしても、日本の輸出は米国の景気に大きくかかわっている。

②東アジアの輸出入について

1980年以降のアジアの経済発展を見ると、総輸出や総輸入が総生産よりも急速に成長した点が注目される。表2から読み取るように、東アジアの輸出依存度が割高に高い。東アジアは、国境を越えた生産ネットワークが形成されており、部品や半製品が域内を頻繁に往来する。そして、完成された最終財は、世界最大の消費地である米国や日本に輸出されていくのである(表3)。このように一つの商品の生産プロセスが、国家の枠を越えて広く分散したことが、東アジア域内での貿易額を膨らませていった原因で、1980 年に20%に過ぎなかった域内貿易比率は、2000 年には36%に達した(除く日本)。それだけではなく、国際分業体制により、東アジアは地域間の貿易において重要な役割を担うようになった。

 

[8]2:輸出依存度(総輸出額/名目GDP

 

1998

1999

2000

2001

2002

インドネシア

51.2

34.8

40.8

38.8

 

シンガポール

133.5

138.7

150.8

143.4

143.8

タイ

48.6

47.7

56.5

56.5

54.4

フィリピン

45.3

48.1

53.6

45.3

46.5

マレーシア

101.2

106.9

108.9

100

98.3

香港

105.3

108.3

122.1

115.8

122.8

出所:日本総務省統計局 世界の統計2004

[9]3:東アジア各国の日本・アメリカに対する輸出シェア

 

日本

アメリカ

 

インドネシア

23%

14%

 

シンガポール

7%

17%

 

タイ

16%

23%

 

フィリピン

15%

29%

 

マレーシア

13%

21%

 

韓国

11%

22%

 

香港

5%

22%

 

中国

14%

27%

 

()2000年の平均値 

出所:IMF"International Financial Statistics""Direction of trade statistics"

上記にも触れたように、東アジアは、経済の貿易依存度が極めて高い。とりわけ、日本と米国への依存度が高い。東アジアは、日本との貿易関係において、戦後一貫して重要な貿易相手国であった米国に匹敵するほどの地位を築きつつある。IT 関連製品を中心に、米国や日本をはじめ、多くの国に製品を供給している一方、輸出財の加工・生産に必要な資本財や中間財等の多くを主として日本と米国などの先進国からの輸入している。特に日本からは、80 年代後半以降、直接投資の増大により東アジア諸国への生産拠点の移転が大幅に進んだことがある。東アジアの域内貿易度の上昇変化については、日本からの直接投資の増大や貿易関係の深まりが大きく影響したと考えられ、こうした観点からは、貿易面で東アジアと日本とのつながりは一段と深まっているとの見方が可能である[10]

また、東アジアと米国との貿易関係については、米国が世界最大のIT 関連財の需要国であり、IT 関連をはじめとする多くの米国系の多国籍企業が生産拠点を展開している。さらに、台湾、マレーシア、中国など多くの国で、OEM などの形態で現地企業が米国企業に対してIT 関連財などの製品を供給している。東アジアが比較優位を有するIT 関連財については、世界でも米国が最大の需要国であり、東アジアの輸出先シェアの面では、特に米国への依存度が高い(表3)。また、前にも触れたように、日本から米国に向かう輸出財の流れは、日本から米国への直接の輸出以外に、東アジアを経由して米国に向かうという間接的な流れも存在している。とにかく、東アジアにとっても、日本にとっても、米国は重要な輸出先として必要不可欠な存在であることが明らかになった。

このように、地域貿易にめぐって、東アジアは日本と米国と複雑なつながりを持ちつつ拡大している。生産拠点としての東アジアを巡る貿易フローからみれば、日本、東アジア、米国の間で「生産システムが形成されているという見方ができるのかもしれない。[11]

第二節:輸出決済における円建比率の低い原因

 以上に述べたことから、現状、日本の輸出取引の円建て比率が低い要因としては、以下のような要因が指摘されることができる。[12]

       日本の輸出が対米依存すること。日本の対東アジア輸出額が増加しつつあるが、対米輸出は依然としてかなりの部分を占めている。前の部分と重なるが、「米国の景気停滞は、日本の米国向け輸出を直撃するだけでなく、東アジアの米国向け輸出の減退を通じ、日本のアジア向け輸出にも間接的な打撃を与える。[13]」つまり、日本の輸出は米国景気に大きくかかわっている。それに、米ドルは国際通貨を機能し、世界的に利用されていることから、日米間の輸出取引はいうまでもなくドル建て利用が当然である。

 

       日・米・東アジアの貿易関係をみると、日本からアジアへ資本財を輸出する一方、最終消費財がアジアから米国へと輸出されているため、ドル建てでインボイスした方が為替リスクが回避できること。アジア通貨危機の前はアジア通貨が米国ドルとリンクしていたため、ドル建て輸出の為替リスクが相対的に小さい。たとえば、東アジアのA企業は日本から100ドルの資本財を輸出し、加工してから150ドルの最終製品を米国に輸出する。そうすると、A企業は50ドルの利益を手に入る。仮に、日本からの輸出が円建てとすれば、契約当時の為替レートは1ドル=100円としよう。したがって、A企業の輸入コストは10000円になる。輸出収入は相変わらず150ドル。A企業が輸入代金を支払う時に、もし1ドル=90円、つまり円高になれば、コストは111ドルになる。A企業にとって11ドルの損を被ることになる。だから、日本から輸出し、東アジアを通じて米国へ再輸出するプロセスにおいては、日本は貿易パートナーが為替リスクを嫌がってドル建てを選択することになっている。ちなみに、日本は東アジアに資本財を輸出するとともに東アジアから大量の消費財を輸入している。その分だけ円建て決済を採用したためだろうか、日本対東アジア輸出決済において、円建て比率が他の地域と比べ高い。それなのに、全体的には円建て比率が低いことがわかる。

 

③日本の輸出企業が現地の販売価格を安定的に維持して市場シェアを確保しようとする傾向が強いことから、輸出を外貨建てでインボイスして為替リスクを自らが負担するインセンティブを持っていたこと。「仮に、日本輸出企業が、契約通貨をドルから円に変更すれば、今度は、海外の輸入企業(特に東アジア)が為替リスクを負うことになるため、為替のボラティリティが高まれば、海外の輸入企業は、製品や部品の調達を、日本輸出企業から、現地企業やドル建て輸入ができるライバル企業にシフトさせる可能性がある。[14]」また、短期的にはそうした仕入れシフトが発生しにくい場合でも、長期的にみれば、やはり日本輸出企業の競争力低下に結びつく可能性が高く、企業の市場占有力が強くない限り、円建て決済への移行は、現実的には困難な面があろう。その他、現地法人の企業体力の問題から、日本の親会社が為替リスクを負担する傾向がある。

結びに

 前に述べたように、日本経済の貿易依存度が高いことと日本輸出の米国依存度が高いことから日本から米国へ直接輸出及び迂回輸出の貿易パターンを形成している。それだけに、輸出決済においては、自国通貨比率が小さくなっている。同じ貿易大国であるアメリカは、世界経済の牽引車を機能し、全世界の経済成長に大切な役割を果たしている。貿易決済において、疑いなくドル建て比率が一番高い。また、ドイツはアメリカほど及ばないが、ヨーロッパ域内貿易にいてやはりユーロ使用が主である。それは、ヨーロッパは東アジアと違い、外需依存度がそんなに高くないことが原因であると思う。一方、日本はアメリカに次いで世界第二の経済大国であるなのに、外需への高い依存度から、世界経済にそれほど大事な役を演じていないといえるだろう。日本はかつてユーロ市場を模倣し、円を初めとする地域通貨体制を構築しようと期待していたが、東アジア経済の米国への高い依存度を考慮に入れなければならずため、ドイツのパターンに倣うこともできない。現時点では、円建て決済への移行はそんなに簡単なものではないと考える。それより、日本経済の再生、産業構造・貿易パターンの再構築が必要であろう。景気回復による日本経済の成長、経済改革による成長路線の変更、並びに、東アジア経済における地位の向上などが満たされれば、それを踏まえると、輸出決済における円建て比率がだんだん高くなっていくだろう。

 

 

参考文献

1.木村武・中山興、日本銀行調査月報20003月掲載論文「為替レートのボラティリティと企業の輸出活動」

2.米谷達哉・寺西幹雄、金融市場局ワーキングペーパーシリーズ2000J8「円が国際的に利用される条件:試論」

3.鎌田康一郎・中山興・高川泉、日本銀行調査統計局、200212月「アジア太平洋地域における相互連関の深化」

4.磯貝孝・森下浩文・ラスムス・ルッファー(欧州中央銀行)、日本銀行国際局、「東アジアの貿易を巡る分析―比較優位構造の変化、域内外貿易フローの相互依存関係 」

5.佐々木仁、日本銀行調査統計局経済調査課、20042月「東アジア向け輸出はなぜ伸びる」 

6.関満博、「空洞化を超えて」、日本経済新聞社、1997120発行 

7.島崎久弥、「通貨危機と円の国際化」、多賀出版、19991115発行、

8.徳永正二郎、「多国籍企業のアジア投資と円の国際化:日韓企業の海内事業活動と貿易決済の変容に関する実態調査」、税務経理協会出版、19964月発行 

9.益田安良、「ユーロと円:円の国際化へのシナリオ」、日本評論社、199812月発行 

 

<ゼミ論集の感想>

今年の9月に上海外国語大学から協定留学生として愛知大学に派遣されました。先生のおかげで、李ゼミに参加させていただき本当によかったと思います。周りは男の子ばかりなので、最初は寂しかったと思いますが、話しかけるとみんな親切に答えてくれてうれしかったです。この場を借りて先生やみんなに心から「ありがとうございます」と言わせていただきます。

「せっかく日本のゼミに参加したのだから、なんとかしてこのゼミ編集でレポートを発表してほしい」と李先生から言われた時、あまり時間が足りないと思ったので、去年完成したレポートを出しました。しかし、格式や引用などに関しては、何回も訂正したことがあります。句読点という細かいところまで気を使わないといけないという勉強に対する先生のまじめさにすごく感心しました。今後の勉強や仕事において、このようなまじめな態度であれば何でもうまくやっていけると思います。私のレポートは円の国際化というテーマで、これは前にずっと興味を持っていて、以前に関連の本を少し読んだことがありますが、まだまだ不十分だと思います。この発表を通して皆さんからご意見を聞きたいと思います。それを励みに、これからもがんばっていきたいと思っています。



[1]戸部虎夫「金融自由化と円の国際化―日本の金融界に何が起こりつつあるか」、昭和6062発行、pp.164-165より引用。

[2]財務省ホームページhttp://www.mof.go.jp財務省貿易統計、年別輸出入総額より引用。

[3]関満博「空洞化を超えて」、日本経済新聞社、1997120p.177より引用。

[4]佐々木仁、日本銀行調査統計局経済調査課、20042月「東アジア向け輸出はなぜ伸びる」 より参照。

[5]同上、p.1の図表1に基づき筆者作成。

[6]同上、p.1より引用。

[7]鎌田康一郎・中山興・高川泉、日本銀行調査統計局200212月「アジア太平洋地域における相互連関の深化」、p.4より引用。

[8]日本総務省「世界の統計2004」に基づき筆者作成。

[9]鎌田康一郎・中山興・高川泉、日本銀行調査統計局、200212月「アジア太平洋地域における相互連関の深化」の図表41・図表42に基づき筆者作成。

[10]磯貝孝・森下浩文・ラスムス・ルッファー(欧州中央銀行)、日本銀行国際局「東アジアの貿易を巡る分析―比較優位構造の変化、域内貿易フローの相互依存関係」の第四節をご参考ください。

[11] 同上、p.23より引用。

[12]米谷達哉・寺西幹雄、金融市場局ワーキングペーパーシリーズ2000J8「円が国際的に利用される条件:試論」p.16より参照。

[13]同注

[14]木村武・中山興、日本銀行調査月報20003月掲載論文「為替レートのボラティリティと企業の輸出活動」p.12より引用。