第6章 中国IT革命
『グローバル戦略モデルの攻防戦』
03E2414 大野 裕平
はじめに
もともと中国経済には興味があったのだが、ある日、何気にニュースを見ていた時、「中国の『連想』という企業が、IBMのパソコン事業部門を買収した」ということを耳にする。中国という市場に日本や欧米各国が、進出していて、「Made
in China」の製品が増えていることは、普段の生活から何となくだが感じていた。
でも中国の企業が、世界的企業を買収したニュースは、とても新鮮であり、驚きであった。中国経済の成長スピードの速さを感じたという意味でも衝撃である。
中国企業は、海外に進出し、M&Aやブランドの確立を目指して奮闘しているが、世界企業は、中国に市場を求めて、R&Dなどの研究施設の建設、現地化といった戦略を実践している。この両者の思惑、駆け引きは注目すべき点が多いのではないか。
小稿では、特にIT産業にスポットを当てて考察したい。ITバブルから、世界企業は何を学び、そこからどんな企業が台頭していったのか。そして、R&Dと、M&Aに特に重点をおき、今後の展開を探っていきたい。中国IT産業から見える、企業の戦略展開はこれからの中国経済、世界経済を考える上でも重要な要素になりうると考える。
第1節 IT革命と中国IT産業の概観
1-1 ITバブル~IT革命の光と影~
アメリカ経済の復権の鍵はIT革新によるものが大きいといわれている。1980年代末、「アメリカの衰亡」といわれていた国が、わずか10年を経ずして「アメリカの活性化」といわれるようになったのはいったいなぜか。その変化を突き詰めて行きあたるのは、IT(情報通信技術)革新というキーワードである。これらのアメリカのIT革新、そしてITバブルという流れは中国IT革命を論ずるうえで大事な背景なので、先にその概要をまとめておきたい。
まず、IT革命とは何か、を整理するならば、以下の3つの要素で考えられる。
①
コンピュータの情報処理能力の飛躍的拡大。半導体革命を背景として情報処理能力は90年代の10年間で1000倍に拡大した。一方、汎用コンピュータ1台当たりの価格は約10億円から30万円へと10年前の3000分の一になり、2005年においては、企業間の競争が激化し、低価格路線へと突き進んだ結果10万円台も流通する。
②
ネットワーク化。なぜアメリカで情報技術革新が先行したのか。中核にあるのが、ITは、軍事技術と連携しているということである。ITというのはそもそも軍事目的で開発された技術が多い。インターネットの進化として、インターネット接続可能な次世代携帯電話の登場、あらゆるメディア媒介との融合など多用途での活躍が期待される。
③
ビジネスモデルの開花。「B to C」(個人顧客向け取引)から「B
to B」(企業間取引)へ新たなビジネスモデルが登場した。そしてネットを利用して新しい事業を立ち上げようとするベンチャー企業群が現れた。[1] 以前は、インターネット業界といえば、長い間企業向けの取引(B
to B)が主力だった。しかし最近では、インターネット市場の主力はB to Cに大きくシフトしてきている。これは、企業のIT化がひとまず浸透したことが大きな原因と思われる。
[2]
次に、ITバブルとは何か。
IT技術の将来性と、アメリカ経済の順調な成長と、株価の上昇傾向は結合して、90年代中頃になると、IT関連株式を中心とした株式ブームがはじまり、まもなくそれは株式バブルに突入した。[3] ITバブルとは、1999年から2000年にかけて起きた、インターネット関連株のバブル相場のことである。当時は、ネットビジネスやネット関連企業の10年後、20年後の見通しまで取りざたされながら、設立して間もない赤字会社の株価まで何十倍、何百倍と値上がりするような狂乱振りであった。ネットバブルを象徴する株がソフトバンク、光通信などであり、両社の時価総額は国際優良株を凌ぐような水準にまで膨れ上がった。しかし、2000年の初め頃をピークにネットバブルは崩壊し、それらの株価は何十分の1、何百分の1に逆戻りしてしまった。
[4]
1-2 中国のIT産業:
1996年から始まった第9次五ヶ年計画(「九・五計画」、1996~2000年)期において、中国のIT産業部門は他の部門とは一桁異なる驚異的な成長率を達成した。2000年の中国のマクロ経済指標は概ね改善されているが、中でもIT部門は突出しており、今後の経済発展での重要度は高まっている。
IT産業では売上高の拡大とともに上位企業への集中度が大きくなり、スケールメリットを通じたトップ企業のさらなる成長が見込まれている。また、国有企業をも含めた各企業が輸出実績やR&Dを重視するなど、質的な国際競争力の向上を実現している。さらに90年代後半以降、IT分野での大規模な外資の導入が見られ、競争や技術移転を通じて中国IT企業の質的向上をもたらし、輸出構造の高付加価値化が見られるようになった。[5]
従来のトップ100社の発表と異なり、2001年の発表には、輸出金額とR&D経費のデータが初めて開示された。とりわけR&D経費の開示は、政府と業界がIT産業の持続的な発展に取り組む姿勢を示すと同時に、トップ100社のR&Dに対する資金投入の拡大も裏付けている。100社のうち、R&Dへの資金投入で他社より断然抜きん出ている4社は、上から順に、華為、海爾、中国普天、上海広電となっている(表1)。特に通信設備大手の華為の場合、2000年に投入したR&D経費の比率は国際的に見てもかなり高水準に達している。
表1 IT産業上位4社の2000年におけるR&D経費支出 |
|||
会社名 |
R&D経費 |
対売上高 |
対利益比率 |
華為技術有限公司 |
20.7 |
13.6 |
71.4 |
海爾集団公司 |
15.7 |
3.9 |
114.9 |
中国普天信息産業集団公司 |
13.8 |
3.0 |
64.0 |
上海広電(集団)有限公司 |
11.0 |
4.8 |
53.4 |
(原資料)『中国電子報』2001年4月10日より作成 |
(出所)李石「中国IT産業の概観」、
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/020405newkeizai.htm より引用。
1-3 中国IT革命の意味
「中国のIT革命」は次の4つの意味を持っている。[6]
①
ITは21世紀の中国の「国のかたち」がどうなるかということの鍵を握っている。中国12億の民が道具としてのITとどうつきあうかは、中国の「政治のかたち」と不可分である。これからはインターネットを通じて、海外のニュースがリアルタイムで中国へ、中国の情報がリアルタイムで海外へ配信されるようになる。当然、中国の「経済のかたち」も変化することになる。中国は、本音は資本主義でも、建前は社会主義という枠組みをもつ国であるが、経済活動の実質的主体である企業や個人が「建前」に縛られずに、世界中から情報を収集し、情報交換し、自由主義の国に対して経済活動を行っていく環境も不可欠であるといえる。「中国のIT革命」はこうした中国の本音部分のグローバル市場への参画を大きく後押しするものである。
②
華人ネットワークの世界的な広がりに、インターネットという新技術加われば、情報の量も伝達スピードも倍以上になるだけでなく、中国大陸がその情報ネットの1つの要になり「グレーター・チャイナ」がバーチャルの世界に出現することになる。世界における中国、中国人の存在が大きなものとなる可能性を秘めている。
③
海外のIT企業にとって中国は大きなマーケットになる。「中国を制するものが、世界を制する」ということが言われているが、IT産業でも同じことが言える。
④
IT人材不足といわれる日本や世界のIT企業にとっても、中国は近い将来のもっとも有望なIT技術者の供給基地として期待されている。
このように「中国のIT革命」は21世紀の中国にとって、そして日本にとって、さらには世界経済にとって、極めてインパクトの大きな問題であることがいえる。
第2節 トップランナーたちの成長プロセス~華為・連想~
2-1 華為技術有限公司 (Huawei Technoligies)[7]
華為技術有限公司(華為)がシンセンで発足したのは1988年、7~8人でわずか2400元の資金を出し合って作った零細企業だった。最初は香港製の小型交換機を輸入して中国の農村部に販売する事業をてがけていた。当時シンセンには200社以上もの通信関連企業がひしめきあい、華為はその一つにすぎなかった。
なぜ華為が急成長できたのか、一つの重要な理由は、華為が人材を集める上で他の企業よりも優れていたことである。電話交換機においては、加工・組立過程にはそれほど特別の技術はなく、製品の競争力は開発やユーザーへのアフターサービスで決まる。そのため、通信技術を理解でき、開発能力に優れた人材をいかに多く集めることができるかが勝負であるが、華為は従業員2万2000人(2002年現在)のうち大学卒以上が85%で、研究開発に1万人以上を投入している。さらに研究開発スタッフの6割以上が修士以上の学歴を持ち、海外留学帰国者も100人以上いる。インド人やハンガリー人の技術者もシンセンの本社で働いている。華為では徹底した実力主義が採用され、入社後1週間経てば、経験年数は関係なく業績のみで判断される。そうした明快な人事考課システムがあるのも特徴といえる。
研究開発はシンセン本社のほか、それぞれ1000人以上の研究スタッフを抱える北京研究所(データ通信の研究開発)と上海研究所(移動通信)、さらに西安、成都、南京、杭州にも研究所を持っている。さらに、ダラス(アメリカ)、バンガロール(インド)、ストックホルム(スウェーデン)、モスクワ(ロシア)に研究開発拠点を持っていて、特にインドではソフト開発を行っている。
華為はテキサス・インスツルメント、モトローラ、IBM,インテル、Agere、ALTERA、SUNなどと連合実験室を作り、技術面での協力を得ている。IBMとの協力によって、業務の流れの調整とITネットワーク建設を行った。人的資源管理システムについてはHAY社から導入した。生産技術や品質保証についてはドイツ国家技術応用研究員の協力を仰いだ。
このように、自主開発を標榜する一方で、明確な目的意識を持って、選択的に外国から技術やノウハウの導入に努めている特徴があり、従来の国有企業に見られる、目的意識のはっきりしない技術導入とは異なる。[8]
2-2 連想集団(レノボ・グループ) [9]
中国科学院計算技術研究所は連想設立時に20万元の資金を提供した。このわずかな投資があることによって、連想は中国科学院が所有する国有企業ということに制度上はなった。連想集団は中国科学院から分かれ出た企業であるが、そこで働く人材の大部分は連想集団が新たに採用した人々である。人材は主に中国国内の大学・大学院の新卒者を採用しており、一部海外からの帰国留学生や中国科学院計算技術研究所から移ってきた人がいる。
連想集団の成長要因は、中国科学院から出てきた企業でありながら、「貿・工・技」の順序、すなわち販売を重視する姿勢を貫いていることによると思われる。中国の一般の企業が生産重視で営業は2の次、3の次だった時代に、連想集団は最初、純然たるブローカーの仕事から入り、やがて漢字カードという中核的な事業を発見した。その後の多角化は主にパソコンとのその周辺機器の分野に限定されている。
連想のパソコン・メーカーとしての歩みも決して順調だったわけではない。1990年に自社ブランドのパソコンの生産を始めたが、最初の5年間はきわめてゆっくりとしたペースで拡大したのみであった。
連想は他の民営企業と比べると、比較的穏健で慎重な経営路線をとってきたが、最近のIBMブランド買収の動きなどに見られるように、対外戦略の変化は著しい。
第3節 「請進来」(外資導入)戦略 ~市場と技術の交換~
3-1 世界のR&D拠点に浮上する中国
R&Dとは 「Research and Development 企業の研究開発業務および部門 」[10] である。近年、世界の多くの企業が中国に、研究開発部門を移転している傾向にある。
これは何を意味しているのか、中国における展開を追っていきたい。
(ⅰ)「中国におけるR&D IT企業の今後―楽観説」[11]
世界の工場から世界の消費市場として世界経済をけん引している中国であるが、世界のR&D(研究開発)拠点としても注目を浴びるようになってきた。国際的には、中国のR&D能力は依然として低水準であるかのように見えるが、実質的には米国、日本に次ぐ世界第3位のR&D拠点に浮上している。
近年、多国籍企業の中国へのR&D投資が活発になってきた。
さらに注目されるのは、マイクロソフトやGEなどの多国籍企業が相次いで中国内にR&Dセンターを設置している点である増加の背景には、政策として、多国籍企業が傘型企業[12]を設立する際にR&Dセンターの設置を奨励してきたことなどが挙げられるが、多国籍企業にとっても中国の低コストで優秀な研究者を活用できることは大きな魅力となってきた。中国の巨大市場に合う技術標準やデザイン開発が可能となるなど、近年では前向きにR&D拠点を設置する企業も増加している。
中国政府の多国籍企業に対する政策は、いわゆる「市場と技術の交換戦略」である。中国への進出を許容する代わりに技術を国内へ導入させるという技術移転政策である。中国企業からすれば、外資企業のR&D拠点の誘致はそのパートナー企業である中国企業に技術移転をもたらすというメリットがある。とはいえ、外資企業が中国企業へもたらしている技術は中国市場攻略のためのR&Dに関するものであって、必ずしも最新技術ではない場合が多い。しかし、多国籍企業を中心とした外資企業から中国企業に技術が急速に移転していることは明らかであり、中国の技術競争力は今後、急速に高まることが予想される。
(ii)「中国におけるR&D IT企業の今後―悲観説」[13]
米国や日本などの先進諸国はR&Dに、そして先進国プラスNIESがチップなどの基幹部品の生産に、途上国が組み立てにそれぞれ集中する分業体制ができている。
その中ですでに組み立てに競争力をつけてきた中国は、ITの最先端であるR&Dもしくはチップなどのコア技術の分野で先進国と競争すべきなのか。R&Dやチップなどのコア技術は資本集約型となっていること、中国の比較優位が労働集約製品および労働集約型産業であることを考えれば、先進国と資本集約型IT分野で競争することは当然避けるべきである。
実際、IT産業の世界主要十数社のR&D支出額合計は中国の国家予算に匹敵するほど膨大である。このように、ITに対するR&Dや基幹部品の製造に必要な資金的余裕が中国にはなく、この分野で先進国と競争することは無謀である。
資本の蓄積には長い時間がかかる。現在の先進国は数百年かけて資本を蓄積してきた。こうした資本蓄積の差は先進国と途上国の間にも存在し、短時間では到底埋められるものではない。現段階における中国の比較優位は、豊富で安価な労働力にある。したがって、ハードウェアの中では組み立てなどの労働集約製品に特化すべきなのである。
中国の発展段階はいまだ低く、人々が経済成長に寄せる期待は大きい。しかし経済発展には、一貫した原理、法則が存在する。功を急ぎすぎるとかえって目的を達することができなくなる。現時点において、中国にとって最も重要なことは、比較優位を無視した盲目的なキャッチ・アップを標榜するのではなく、比較優位に従って特化すべき産業あるいは製品を選択することである。そうすれば、技術や経済の進展が促進される。このことはIT産業に関してもいえる。具体的には、高い技術を要しない製品の製造または組み立てといった労働集約型のハードウェアに力を入れるべきである。
中国にとって、ITの積極導入による従来産業の底上げ、及び新規産業の推進はもちろん、ソフトウェア産業の発達を促すために、中国人全体の人的資本の蓄積を進めていくこと、発展段階や比較優位に忠実に従って着実に資本蓄積を進めていくことが、今後も持続可能な成長を達成する上で極めて重要なことであるといえる。
(iii)多国籍企業によるR&Dの現地化[14]
①
R&Dセンターは、主に製品開発に携わり、関連製品の国際競争力を高めることを目的としていることである。例えば、GM、Lucent、Samsung、IBM、P&G、Ericsson、Nokia、Siemensなどは相次ぎ中国に対する投資プロジェクトを展開している。基礎研究あるいはグローバル市場に参入するための研究成果を提供することを目指して、中国にR&Dセンターを開設する多国籍企業もある。
② 一部のR&Dセンターは、その親会社の体系の中で高い地位を持っていることである。例えば、ノキアは北京で世界レベルのR&Dセンターを設立し、Motorola の中国におけるソフトウェアセンターもCMMのレベル5という世界トップレベルの認証を受けている。Intelが1998年11月に北京で設立した「Intel中国研究センター」は、同社の世界での四大チップ研究実験センターの一つである。それは、Intelがアジア・太平洋地域に設立したはじめての研究センターであり、5年の間に5000万ドルの投資が見込まれている。また、1995年設立された「Microsoft中国研究開発センター」は、Microsoftにとって、海外における三つ目の研究センターであり、1998年には、Microsoft本社直属の海外研究センターに昇格したのである。
③ R&Dセンターは、現地の中国の研究開発機関と緊密な業務上の協力関係を持っていることである。IBMの中国における研究開発機構の名称は「中国大学協力部」であり、清華大学と北京大学にIBM大学院を設立させることに加え、復旦大学、浙江大学との共同研究プロジェクトにも取り組んでいる。
④ こうしたR&Dセンターで採用している研究スタッフの大部分は、中国人あるいは華僑であり、しかもその人員の現地化がさらに加速していることである。例えば、Microsoftの中国研究院は3年以内に100名の優秀な研究者を採用する計画を立てている。そして、国際研修と交流を提供することによって、人員の本土化を図ろうとしている。
⑤ 毎年何百億ドルという外資導入の実績と比べると、こうした多国籍企業R&Dセンターは、数量、投資額及び中国での展開はまだ初期段階にすぎないことにある。今後、より多くの多国籍企業が投資を行い、それらのR&Dセンターを中国に設立する見込みである。しかし、多国籍企業の技術開発と研究は、伝統的に親会社とその国内における機関で行われていることを、忘れてはいけない。
3-2 多国籍企業の中国戦略~現地化の課題~
① 東芝の中国戦略[15]
近年、日本の大手メーカーの間では、中国企業との提携強化の動きが相次いでおり、研究開発部門など従来日本国内でしかできないとみられてきた分野での中国展開もふえてきていることから、浙江省のIT生産拠点への投資を加速する。
2005~2006年の間に総額約140億円を投じる計画で、すでに土地管理や生産インフラ、生産サポートなど共通の業務を行う運営・管理会社「東芝杭州社」とノートパソコン生産会社「東芝情報機器杭州社」をそれぞれ2002年6月に設立しているが、今後、DVDやビデオなどのIT関連機器や部品を幅広く生産していく。
土地およびインフラなどで約8億円を投じたのに加え、パソコン工場向けで約70億円強の投資を計画しており、このほかにもDVDやビデオなどAV機器の生産に50億~60億を投入する予定である。
またパソコンや電子部品では、巨大な生産設備を使ってEMS会社[16]が業績を伸ばしているが、人件費が安い中国にIT関連機器の生産を集約して一大拠点をつくり、千三コストを大幅に引き下げ、大手EMS企業に対抗していく方針で、IT生産拠点を中国をはじめ、日本や欧州向けなど世界の供給基地にする考えである。[17]
グローバルな生産体制の構築に向け、2002年6月、浙江省杭州市に土地を取得して、敷地を運営・管理をする「東芝杭州社」を設立すると同時に、70億円を投じて、パソコンの大規模な生産拠点「東芝情報機器杭州社」を設立しており、2003年4月に年産75万台規模で生産を開始し、2004年には生産能力を一工場では世界最大級の年産240万台にまで引き上げた。新会社は、東芝が90%、東芝(中国)が10%を出資し、資本金9億円で、生産は従業員数1700名で開始。主にノートパソコンの中上位機種を生産し、日本や欧米各国へ輸出する。新会社は、日本企業初のパソコン供給地となった。
米国やドイツ、フィリピンにパソコンの海外工場を展開しており、中国では上海に合弁会社を設けて、中国国内向けにパソコンを年産14万台生産しているが、新会社では最新のノートパソコンを全世界に出荷する生産拠点とするため、東芝単独での進出形態をとり生産期間短縮を図るほか、最先端技術の外部流出を防ぐ。
東芝は国内では、東京にパソコンの生産・開発の中核拠点を有しているが、順次生産コストが安い杭州に機能を移していく方針である[18]。
現時点では、R&D機能を国内に残すことで技術開発力の低下は免れるかもしれないが、今後、生産の「現地化」が進み、R&D機能も移転していくと考えられる。しかしそれは同時に、国内の空洞化を招き、日本の製造業はコスト競争力と引き換えに、日本の製造業の最も大事な強みを失ってしまうかもしれない。すなわち、日本国内に生産の現場が消えることは、生産技術を磨く実践の場がなくなることを意味するからである[19]
2005年4月、東芝が携帯端末で中国市場から撤退した。理由として、市場競争の激化が挙げられている。「欧米のメーカーと比べて、日系企業は中国での『現地化政策』をとっておらず、中国市場のニーズに見合った製品を提供できていないことが原因だ」と指摘されている。今後の現地化戦略と、国内空洞化の回避、両者のバランスが課題ではないだろうか。
② SONYの中国戦略[20]
中国のWTO加盟により、パソコン部品などの関税が段階的に下がり、アジア各国からの部品調達が容易になって、現地生産のコストが下げられることから、特許やブランドの保護などハイテク投資に必要な条件が整うと判断し、2001年11月パソコンを生産する新工場棟を設立した。日本メーカーが中国にノートパソコンの組み立てラインを設けたのは、SONYが初めてである。新工場は2002年初めにまずノートブック型「バイオ」の生産・販売を開始し、初年度生産台数は20万台前後を中国国内で販売。部品調達は半導体やプリント基板、液晶表示装置など基幹部品の大半をアジア地域で調達する計画である。ブランド力とAV機器との接続の良さなど独自路線を売り物に、主にビジネスマンや富裕層に販売していき、ノート型の生産が起動に乗ればデスクトップ型の生産も手掛けていく考えである。
③ Dellの中国戦略[21]
国際的なIT企業は中国での工場建設を急ピッチで進めている。Dellは2005年3月、厦門に新しい工場を建設した。
中国・厦門(アモイ)の最新工場であるCCC(China
Customer Center/チャイナ・カスタマー・センター)では、生産、輸送面とともに、日本市場向けの製品供給能力を強化し、今後より一層安定した供給体制を確立する考えである。[22]
現在中国のPC関連市場では、連想のほか、方正(ファウンダー)やIBM、Dell、HP、東芝、浪潮、実達など多くのメーカーがひしめいている。IBM、Dell、HPなど海外市場を基礎として中国進出しているのに比べると、中国メーカーの劣勢は明らかだ。例えばPC市場では、連想とDELLが火花を散らしているが、これに対してHPが宣戦布告といった形だ。
またDellは価格を引き下げることでその競争力を高める戦略に出ており、すでに中国の5%のPCシェアを握るまでに至っている。DELLの価格戦略の影響もあり、昨年中国市場ではデスクトップとノートでそれぞれ平均して4.4%ト5.6%価格が下落している。中国市場だけに閉じこもっていては、中国メーカーが競争の中で太刀打ちできなくなるのは明らかだ。
④ ヒューレッド・パッカード(HP)の中国戦略[23]
HPも、他企業同様にR&D機能を中国に移転し、中国市場を視野に入れて現地化生産を行っている。2005年6月、ヒューレッド・パッカード(HP)社は、自社の中国研究開発センター(CDC)でマザーボードの設計段階から独自に開発した初のノートPC、「nx6130」を発表した。HPのnx6130は、マザーボードの設計、ハードウェア及びソフトウェアのテストなど全ての工程を自社で行い、筐体(きょうたい)には従来のnxシリーズと同じものを使用している。金山軟件(キングソフト)社製「金山詞覇」など、中国でよく利用されている代表的なソフトウェアのテストも実施。これらのソフトのテストを行ったPCメーカーは、外資系としてはHPが初めてだ。
CDCは、HPが初めて米国以外に設立した、独自の製品開発を行うR&D(研究開発)センター。
⑤ IBMの中国戦略
PC事業の赤字が続き、IBM社は低迷した時期を過ごすことになる。パソコン事業の売り上げは1兆円以上あるが、売り上げの1%約100億円の赤字を計上していたからだ。米IBMがパソコン事業売却を決めた。これにより、IBMのPC部門を吸収した連想は世界で第3位のパソコンメーカーとなった。
PC部門を連想(レノボ)へ売却したIBM社は中国市場七大戦略を発表した。ITサービス分野へのシフトを加速させることに重点が置かれている。[24]
発表された7項目は、多くがITサービスの強化に関する内容である。医療と健康、政府と国民、生活とビジネス分野への参入、商業価値(コマーシャルバリュー)研究所の設立、IBM事業計画に基づく保険や自動車など19分野へのビジネスソリューションの提供、先端技術システムセンターの設立、支社の増設、1000社あるビジネスパートナーとの関係強化、開発研究の強化などである。
04年12月8日、IBMは連想(レノボ)へのPC部門売却を発表し、05年3月9日にはアメリカ政府からも許可されている。この売却により、IBMは3年間赤字続きだったPC部門を手放し、これまで以上にビジネスソリューションの提供等に重点を置くことができる。ITサービスは、IBMにとって業績の伸びが最も速い分野でもある。
中国では多くの企業がIT化を進めつつあり、外資系のIBMやHP(ヒューレット・パッカード)も巨大なITサービス市場として注目している。
連想(レノボ)は、中国最大のPCメーカーで国内市場におけるシェア占有率は28%程度。また、特に政府機関や法人向け販売に強いとされている。IBMはそのネットワークを利用してサービス業務等の拡大につなげたい考えである。
今後、IBMにとっては、IBM標準パソコンの価格低下が、HPやデルの利益を減少させることのほうが重要であろう。それはパソコン事業売却後も、サーバーなどで両者と同じ土俵で戦うことになるからである。[25]
3-3 技術摩擦と技術標準
(ⅰ)「華為VSシスコ」~特許権紛争の思惑~[26]
携帯電話需要全体の成長が鈍り出し、デジタル化に伴う製品構成特にサーバー機器の高度化に活路を求める外資系メーカーを遮るように、中国メーカーが技術力を高めていき、そんな時期に特許権関係が問題になった。世界最大のネットワーク機器事業者シスコ・システムズが、ソースコードなどソフトウエアのコピー、関連資料の盗写、特許権侵害で華為技術を訴えた事件が、華為製ルーターのあるモジュールのコードがCSCO製に酷似するため訴えられたと思うが、除去したとの説明により華為製品販売禁止請求に変った後、第三者による比較調査の間差止めに変わったあげく、最終的に関係部分(利用者が華為製品を好みの構成にするよう操作する入力システム)の修正で落着した。
この時間とコストがかかった特許権紛争は中国市場を大切にしたい米国メーカーと世界市場に進出したい中国メーカーの双方の欲求が良く表れており、華為技術が立派な先進国メーカーに成長した経緯を示している。
世界のキャリア市場は華為技術が、中国大陸、香港地区と日本における企業ネットワークへの販売は華為と3com(スリーコム)との合弁企業である「華為3com」が担当。日本と中国以外の全ての企業ネットワークは3comが扱っていた。3comは、シーメンスの登場によってこのバランスが崩れることを懸念している。
華為技術は04年上半期(1-6月)に、タイ、イギリス、ロシアなどの3地域での通信キャリア市場における収益が増大。また、東南アジアのデータ通信領域では目覚しい成長率を遂げた。シェア自体はシスコに及ばないが、成長率はタイで900%、インドネシアで130%、シンガポールで256%を記録した。
シスコが最も恐れるのは、華為技術に中国市場でのシェアを食いつぶされることだ。CCIDのレポートによると、03年の中国ネットワーク設備市場において、華為のイーサネット交換機の市場シェアは21.2%、3comは9.2%、シスコは29.5%となっている。また、ルータ市場でのシェアは華為が21.6%、シスコが41.6%。華為技術の猛攻勢は、全世界で進行中とされる[27]
一方、シスコシステムズ(CISCO)は2004年―2009年以内に3200万ドルの資金を投入して、上海市に研究・開発(R&D)センターを設立することを発表した。世界ネットワーキング・ソリューション企業である3com社との和解協議に関して、双方に利点があることとし、今後の中国での事業展開に期待感を示した[28]
(ⅱ)中国発の初の世界標準(TD-SCDMA)
日本では市民権を得つつあるものの、世界で苦戦を強いられている第3世代(3G)携帯電話に中国がいま乗り出そうとしている。
現在の世界標準はW-CDMAとCDMA2000の二つ。これに中国独自の知的財産権を有するTD-SCDMAが加わった世界で唯一となる3種類の標準が混在する市場としてもその注目度は高い。
TD-SCDMA(Time
Division Synchronous Code Division Multiple Access)[29]は、第3世代移動通信(3G)サービスの仕様策定機関である3GPP(Third
Generation Partnership Project)が承認する3G規格の1つである。この規格は、ドイツのシーメンスと中国の大唐電信が中核となって策定した。技術的な側面を見ると、TD-SCDMAはCDMA(符号分割多重)とTDMA(時分割多重)技術を複合した技術であり、1つのチャネル内での上りと下りを時分割で細かに切り替えて通信し、符号と時間による分割多重するというしくみをとる。このため、周波数利用効率が良く、特に人口が密集して周波数が不足するような大都市に適しているとしている。また、W-CDMAと比較した場合、インフラコストが低価格に抑えられるという利点がある。しかしデータ通信面での弱みが指摘されており、データ通信が中核となる3Gの標準として競争力があるとは言い難い。なお、TD-SCDMAはW-CDMAとの相互運用性が確保されている。[30]
中国の100年にわたる通信史で最大の成果ともいわれるTD-SCDMA。それだけに、政府は何としてでも市場における優位性を確保したいのは確か。
さらに急成長を遂げている中国の携帯市場もいまだ成熟しているとはいえず、3G展開は時期尚早との声も聞こえる。しかし、それだからこそ3Gを踏み台に大きくステップアップしたいとの思惑も存在している。中国政府による強力なサポートもあり、経済成長のけん引役としての期待もかかる。リスクに対する不安と大きな期待、様々な思いが交錯する中、その解禁日が待たれている[31]
3G開発に総計40億元を投資してきた華為は、これまでCDMA-2000関連設備で37カ国の52の通信キャリアに納入されている。特に、ベトナム(03年9月、CDMA2000でベトナム電信に600万ドル相当を納入)、ウクライナ(CDMA2000でCSTとITCの2キャリアに納入)とチュニス(04年6月、WCDMAでチュニス郵政省から受注)からの受注実績で、途上国市場向けの華為の競争力は証明済だ。しかし、本格的な海外進出には、より国際化する必要がある。
華為は2003年の海外市場による収入総額が10億ドルで、同社収益の27%を占める。2004年の目標は40%で20億ドルを達成しようとした。海外市場において、華為のような中国メーカーにとってブランド樹立が簡単なことではない。2001年以降、ヨーロッパ大手代理店と提携し、光ファイバ関連設備でドイツを始め、フランス、スペイン、イギリスに進出できたが、世界市場の40%を占める北米マーケットの前には無力だった。[32]
華為も含めて、中国企業にとって重要な技術であるTD-SCDMAは元来、中国市場をターゲットとして開発された規格である。技術面でいかに凌ぐかよりも、いかに中国の国益を増大させるか、というのが本来の課題である。実際に、3G市場において規格策定にまで政府が関わるケースは他に例を見ない。
この中国独自の規格を国内に普及させることができれば、通信業界に政府の影響力を増大させることができて、国内企業に有利な環境を築き、市場シェアという観点から国際的にも競争力のある企業を育てることができることになる。[33]
政府と、企業の思惑が交錯する「TD-SCDMA」技術には、今後も期待と注目をしたい。
第4節「走出去」(海外進出)戦略~Go Global~
4-1 海外における中国企業のM&Aの現状[34]
中国企業の「走出去」(打って出よう=Go
Global)[35]=海外進出が急進展している。海外投資の拡大で多国籍企業化をはかり、技術やブランド、販路を獲得することで企業の国際競争力の強化に結びつけようというものだ。中国では企業の海外進出のことを
“走出去”という。外に打って出て行くという意味だ。WTO加盟後、中国は経済の「全球化」(国際化)を標榜して、内外資系企業間での合従連衡を軸に中国企業の再編を推進し、多国籍企業化への道を希求してきている。注目すべきは、対中進出した多国籍企業と組んだ中国企業の海外進出が、今後、本格化する情勢にあるということだ。
2003年の中国の対外直接投資額は29億ドル。500億ドルを超えて米国を抜き世界トップに立った直接投資の受け入れに比べて、その規模はまだ数十分の一にすぎないが、中国企業の海外進出は加速している。とくに家電や医薬品、自動車などで目立つ。家電ではハイアールのほか、康佳、TCLなどが生産工場やR&D(研究開発)センターを世界各国に設立するなど積極的に進出をはかっている。
M&Aにも積極的だ。独シュナイダーの買収で話題となったTCLは、今年7月には仏トムソンとの合弁を発表、世界最大のテレビメーカーの誕生は世界を驚かせた。また、藍星集団が経営再建中の韓国の自動車メーカー、双龍(サンヨン)自動車と買収交渉を行ったが、決定寸前で交渉決裂。藍星の撤退後は、今度は上海汽車集団が優先交渉権を獲得、協議に乗り出した。
日本でも、2004年4月、製薬最大手の三九企業集団が日本のカネボウの医薬品事業の買収の意向を表明、中国企業による日本企業買収の幕開けとして話題を呼んだ。8月には大手機械メーカーの上海電気集団が日本の工作機械メーカーの池貝を買収している。
「走出去」は、WTO(世界貿易機関)加盟後の中国経済のグローバル戦略の柱となりつつある。国内企業を再編統合し、海外投資の拡大で多国籍企業化をはかり、技術やブランド、販路を獲得することは中国企業の国際競争力の強化に結びつく。
このため外貨持ち出し規制も緩和された。2004年7月には商務部と外交部が中国企業の対外投資ガイドラインを発表している。さらに、国内の機関投資家に海外への証券投資を認める制度も一部だが解禁される予定だ。全面解禁されれば、個人でも指定機関を通じて海外の株式市場などでの取引を行うことができるようになる。
これからは“走出去”の中国と“韓流”の韓国による日本市場の争奪戦も激化するかもしれない。東アジアの経済連携とFTA(自由貿易協定)がそれを加速させるだろう。
4-2 国家戦略として「走出去」[36]
2004年に入り、「走出去」(中国企業の海外進出)傾向が目立ってきている。それは、なぜか。何よりも、中国経済の国際化の当然の帰結ということになろう。中国は、50余万社の外資系企業(批准ベース、実際に進出している企業は約23万社)を受け入れており、2002年と2003年には、実質的な世界第一位の直接投資受入国となっている。逆に、海外展開している中国企業は約8000社で、その比率は約60:1。中国経済の国際化とは、この差を縮めることでもある。今後、中国は選別的に外資を受け入れ、かつ積極的に海外展開する時代に入ったということである。同時に、経済規模が拡大したことから、経済発展に必要な資源を海外に求める必要性が生じたという点も、走出去の拡大要因として見逃せない。
「走出去」のねらいは、主として、外国企業の技術、ブランド、そして資源、海外市場をねらったもの、さらに資金確保(海外上場)などが指摘できる。注目すべきは、M&Aによる海外進出が目立ってきたことであろう。2004年1月~10月、中国企業による海外での大型M&A案件は44件(前年同期比33%増)、金額にして40%増となったとのこと。
中国政府は「走出去」を国家戦略として積極的に推進しており、2004年7月には、中国企業の海外展開のための羅針盤といえる「対外投資国別産業導向目録」を発表、海外進出先(進出分野を含む)として67国をリストアップしたほか、
中国社会科学院の予測では、第11次5ヵ年計画期(2006年~2010年)に、年平均80億ドル~100億ドルの対外投資を実行するという。2003年の中国の対外投資総額は21億ドルであったことから、毎年この4~5倍の投資が行われる計算になる。今や、世界のいたるところで中国人観光客の姿がみられるようになったが、人民元が切り上げられたいま、それと同じ程度に中国資本が海外で意識されていくことが期待される。
4-3 中国企業の国際化戦略
(ⅰ)ケーススタディ:連想集団によるIBMパソコン事業の買収[39]
連想集団は1997年以来中国大陸のパソコン市場で第1位の座を維持し、2000年以降は26~27%程度のシェアを維持している。一方、IBMは言うまでもなくコンピュータのパイオニア的存在だが、パソコン事業は2003年に約1億ドルの赤字を経常していたので、連想への事業の譲渡は、不採算部門を切り離すという意味を持っている。この買収によって2004年7~9月期に2.2%だった連想の世界でのパソコン販売台数シェアは、IBMの5.5%が加わることで、デル(16.7%)、ヒューレット・パッカード(15.0%)に次ぐ世界第3位となる。IBMのパソコン事業に従事する1万人の従業員(うち40%以上が中国で生産事業などに従事し、25%近くがアメリカにいる)が連想集団に加わり、連想集団の従業員規模は1万9000人に膨れあがる。
連想は総計17億5000万米ドルを支払ってIBMからパソコン事業を買収することになった。すなわち、連想集団は少なくとも6億5000万ドルを現金、および6億ドル分の連想集団の普通株をIBMに提供する。連想の発行済み株式は74億7322万株、香港証券取引所での時価(2004年12月3日時点)は2.675香港ドルであり、ここに6億ドルのIBM保有株が加わることで、IBMは連想集団の株式の18.9%を保有する第二の株主になる。さらに、連想集団は約5億ドルの純負債をIBMから引き取る。
年間のパソコン販売台数が300万台ほどの連想集団が、年販売台数900万台のIBMのパソコン事業を買い取るというのは、決して安い買い物ではない。2004年9月期の連想集団の純資産は6億8000万米ドルほどなので、連想がIBMに支払う現金で純資産がほぼ底をついてしまう計算になる。さらに5億ドルの純負債を引き取るとなると、このままでは債務超過になってしまう。おそらくここでいう純負債とは流動資産・負債に関するもので、固定資産は別の勘定になっているのであろう。
いずれにせよ、赤字が続いているIBMのパソコン事業を引き取ることは連想集団にとって相当な重荷になる。連想集団の2004年3月期の純利益は1億3500万米ドルなので、約1億ドルの赤字であるIBMのパソコン事業が付け加わると、現状維持のままでは利益がほとんどなくなってしまう。IBMのパソコン事業を赤字から立て直すだけのプラスアルファを連想が持っているのかどうかが問われる。
連想の挑戦とは、すなわち中国の挑戦なのである。僅か20万元の資本、20平米足らずの小屋から産声を上げた連想(当時は中国科学院計算所公司)は、20年の月日を経て、世界のビッグブルーからパソコン事業を買収するまでになったが、それはまさに、改革開放政策を積み上げた先に、世界経済との完全なるリンケージを果たし、ついには世界大競争の真っ只中に踏み出した中国の、国家的覚悟のあらわれ、というべきものなのだ。[40]
(ii)独自ブランドとOEM生産[41]
中国企業が海外で市場を開拓する場合、おおよそ四つのブランド戦略がある。
① ハイアールのように、ブランドを自ら作ることである。
② OEM生産方式であり、格蘭仕、福輝等多くの企業に採用された方法である。
③ 相手側のブランドを買収するために、相手側の企業を買収することである。買収の成立後、相手側のブランドを利用し、現地の市場を開拓することである。連想がIBMのパソコン部門を買収したケース。
④ ブランドの使用権を購入し、生産することである。
ブランドを自ら築き上げるか、それともOEM生産を試みるか、これは二つの異なる経営戦略である。知名度の高いブランドは決して一夜にして作り上げられたものではなく、数十年、場合によって百年以上の蓄積を必要とする。それは品質の絶えざる向上を基礎にしたもので、その間、大量のブランドへの投資も欠かせない。こうした投資は長い過程におよび、しかも大きなリスクを伴っている。結局、ブランドの価値は、そのブランドへの投資に対する報酬である。ブランドを自ら作り上げること、すなわちブランドへの投資を自ら行うことは、企業が生産への投資とブランドへの投資を同時に行う、すなわち二重投資を行うことを意味する。
OEM生産の場合、企業は生産への投資だけを行い、ブランドへの投資を行わないため、生産への投資による報酬のみを獲得できる。その所得は当然比較的少ないものとなる。従って、ブランドを自ら築き上げるか、それともOEM生産を試みるかの判断は、どちらが上等でどれが下等といった問題ではないし、志が高いとか低いとかいった問題でも決してない。資金の状況を判断すれば、ブランドを作るよりOEM生産のほうがより経済的である。しかし、中国の企業はあえて巨額の資金を投資し、いわゆる民族ブランドを作り上げようとしている。それは経済的に不採算なだけではなく、巨大な投資リスクを招きかねないものである以上、企業、そして国家にとって不利である。
国際市場において、企業の競争優位性は三つの面に現れる。すなわち、コストの優位性、製品の優位性、そしてブランドの優位性である。中国が獲得できる最大の優位性とは、コストの優位性であり、最も劣る点は、ブランドの劣位性である。なぜなら、ブランドの蓄積には最も長い時間が必要であり、それが消費者、顧客の企業製品に対する持続的な信頼だけを頼りにしているのではなく、大量の広告への投資も欠かせないためである。先進諸国のブランドは百年、場合によって数百年の時間をかけてようやく形成されたものである。中国企業は外国企業と競争するだけではなく、むしろ自らのコストの優位性と海外企業のブランドの優位性をうまく融合させるべきである。
一方OEM生産の過程において、他社の商標を使っても、商品には、「Made
in China」と記される事実に注目すべきである。「Made in China」の製品の品質がますます向上し、より多くの世界有名のブランドに「Made
in China」が記されるようになるにつれ、中国は当然、ブランド製品の生産大国になる。結局、世界の人々にとって、良い製品はすべて中国で生産され、「Made
in China」そのものがブランドとなり、高品質の代表となる。その時になれば、いかなる製品を生産しても、その殆どが有名ブランドと見なされるだろう。 総合環境の改善が実現できれば、中国の製造コストをさらに削減し、世界における中国製品の競争力を強化させることにより、より多くの製品が中国で生産され、そして世界各地に販売されることになる。「Made
in China」がまず大きなブランドとなることは、中国企業にとって大きな武器であり、自社ブランドを展開している華為など、世界的観点からの、企業のイメージの上昇につながることがいえる。
むすび
R&DとM&Aの関係はとても興味深いと感じた。中国という市場を獲得し、競争するためには、各企業は研究施設を置いて現地化を進める。一方で、「走出去」で見られるように、中国企業はM&Aを積極的に行い国際競争力を高めようとする。この交差した現象は、1つのケースとして、日本の場合「産業空洞化」を引き起こすことになった。国内産業は、コストの安い中国へシフトされ、今後は欧米のようにR&D拠点としての中国シフトが進むと予想される。コスト競争力と引き換えに、生産技術、労働者の質まで移転してしまえば、日本製造業は最も重要な強みを失ってしまうかもしれない。
一方、中国企業における自社ブランドの確立を目指している点には注目したい。日本・多国籍企業の1つの強みは、やはりブランド力だといえるだろう。中国企業は、何とかして、ブランド力を高めて、付加価値をつけるための努力として、M&Aや他の国が進出していない地域への海外戦略を展開するという一面もあるように感じる。中国企業の価格競争力を背景にアメリカなどは、国内産業が圧迫されているが、人民元が切り上げされていく傾向にある現在、今後の勝負の行方はブランド力と価格と品質ではないだろうか。今後、中国がブランド力をつけなかったら、なかなか世界展開は難しいであろうと考える。
海外・中国市場を獲得するのは、多国籍企業の蓄積された技術とブランド力なのか、それとも中国企業の海外戦略から培った技術と独自のブランド展開なのか、変化する市場争奪戦に今後も注目したい。
<参考文献1:活字情報>
・竹内宏編『どうなる…「ITバブル」崩壊後』、学生社、2002年
・今井理之編著『成長する中国企業その脅威と限界』、リブロ、2004年
・沈 才彬+三井物産戦略研究所中国経済センター編『動きだした中国巨大IT市場』、日本能率協会マネジメントセンター、2001年
・アイアールシ『中国エレクトロニクス産業と日本メーカーの事業戦略 : 家電・IT産業の実態』、株式会社アイアールシ
・弘兼憲史『取締役 島耕作』、講談社、2002~05年
・『週間ダイヤモンド』、2005年1月15日号
・会津泉『アジアからのネット革命』、岩波書店、2001年
・『日経ビジネス』、2005年6月13日号
<参考文献2:internet情報>
第1節
http://allabout.co.jp/career/net4biz/closeup/CU20050313B/index.htm
・Allabout「ネットバブル」 http://kw.allabout.co.jp/glossary/g_money/w001583.htm
・李石「中国IT産業の概観」、
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/020405newkeizai.htm
第2節
・丸川知雄「華為技術有限公司」、http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa/huawei.pdf
・丸川知雄「聯想集団」、http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa/legend.pdf
第3節
・yahoo computes、
http://computers.yahoo.co.jp/dict/business/manufacturing/895.html
篠原春彦「世界のR&D拠点に浮上する中国」、大和総研コラム、
http://www.dir.co.jp/publicity/column/050411.html
・林毅夫「中国におけるIT産業の発展と比較優位の原理」、
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/010820newkeizai.htm
・張岩貴「多国籍企業R&Dセンターの中国における展開」、
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030217world.htm
・中国情報局、「東芝が携帯端末で中国撤退、本土化戦略が課題」 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=0406&f=it_0406_002.shtml
・ v.yomiuri.co.jp/ojo/02number/200204/04kigyo.html
・中国情報局「聯想:海外進出こそが国内メーカーの生き残る道」、
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2003&d=0216&f=it_0216_001.shtml
・[1]Declan McCullagh「ハイテク業界のチャイナシンドローム」、http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000050150,20083213,00.htm
・中国情報局、「HP:中国R&Dが独自に開発したノートPC発表」、http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1231662/detail
・中国情報局、「IBM:対中7大戦略を発表、ITサービスを重視」、
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=0318&f=it_0318_004.shtml
・高橋洋文「世界の通信企業の戦略提携図」、マンスリーフォーカス、
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_mf/2004/mf200410.html#188
・中国情報局、「華為:OEMで欧州進出を因縁のシスコが牽制」、 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2004&d=0930&f=it_0930_001.shtml
・China News Services「シスコ:5年以内に上海にR&Dセンター設立」、
http://chinanews-jp.com/news/disp.cgi?y=2004&d=0924&f=it_0924_005.shtml&mb=cns
・中国情報局「情報産業部:デジタルTVと3Gは06年に開始」、 http://news.searchina.ne.jp/topic/147.html
・メルマガ シティ上海、
http://www.melma.com/mag/36/m00095436/a00000282.html
・宮下 洋子「TD-SCDMAの現状と展望」、
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2003/s2003TS176_2.html ニュースレター『海外情報』、2003年11月号より引用
第4節
・木原啓二「加速する中国の“走出去」、『経済界』2004年11月16日号、http://www.panda-mag.net/colum/zouchuqu.htm
・江原規由「東北経済の振興は何を意味するか」、http://peopleschina.com/maindoc/html/200401/jingji22.htm より引用
・江原規由「加速化する中国企業の海外展開」、21世紀中国総研HP、http://www.21ccs.jp/china_watching/BeijingNowB_EBARA/Beijing_nowB_05.html
・薄田雅人「連想のIBMパソコン事業買収が示すもの」、PC web、
・丸川知雄「聯想集団」、http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa/lenovo.htm
・盛洪「ブランドの確立を目指すハイアールの海外戦略」、 http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030728sangyokigyo.htm
あとがき・感想
もともと興味がある内容ということで少々長々とした文になってしまいました。編集長さん、すいません。M&AとR&Dの交差する関係が面白くて、でも、なかなか良い切り口が見つからず、模索していました。短い期間に集中して文を組み立てたのですが、資料にコメントすることが、うまくできなかったように思います。その中でも自分なりにM&AとR&Dを対にした形で、問題点や、展開などがわかるように説明したつもりです。でも難しかったのですが。
企業の説明では、少々マニアックになってしまいました。中国留学が控えているということもあり、中関村のハイテクパークについて興味津々です。実際の状況を少しでも、自分の目で確かめられたらと思っています。
中国の国家戦略である「請進来」「走出去」を柱として提案してくださり、少ない資料の中、話題を紹介してくださった恩師、李春利先生には本当に感謝しています。ゼミの仲間たち、先輩の助言も参考になりました。ありがとうございます。資料も多くあるわけでもなく、ネットを中心として、多くの学者の方の論文などを、参考にさせてもらい、多くの文を引用させていただきました。とりわけ、丸川知雄先生のサイト「丸川研究室」(http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa)で掲載された論文や、関志雄先生の有名なサイト「中国経済新論(http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/)に投稿されていた学者のみなさんの論文を参考に、この論文を組み立てていきました。この場をかりてお礼を申し上げたいと思います。
[1] 寺島実郎監修、沈才彬編『動きだした中国巨大IT市場』、日本能率協会マネジメントセンター、2001年、pp.20-22より引用。
http://allabout.co.jp/career/net4biz/closeup/CU20050313B/index.htm
[3] 竹内宏 編『どうなる「ITバブル」崩壊後』、学生社、p24より引用。
[4] Allabout「ネットバブル」 http://kw.allabout.co.jp/glossary/g_money/w001583.htm
[5] 李石「中国IT産業の概観」、
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/020405newkeizai.htmより引用。
[6]竹内宏編『どうなる「ITバブル」崩壊後』、学生社、2002年、p. 240-242より引用。
[7] 丸川知雄「華為技術有限公司」、今井理之編著『成長する中国企業 その脅威と限界』、財団法人・国際貿易投資研究所/リブロ、p.18、http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa/huawei.pdfより引用。
[8] 同上、p.18-27より引用。
[9] 丸川知雄「聯想集団」、今井理之編著『成長する中国企業その脅威と限界』、財団法人・国際貿易投資研究所/リブロ、pp. 29-45、
[10] http://computers.yahoo.co.jp/dict/business/manufacturing/895.html yahoo computers 参照
[11] 篠原春彦「世界のR&D拠点に浮上する中国」、
http://www.dir.co.jp/publicity/column/050411.html 大和総研コラムより引用
[12] 傘型企業とは、主に中国現地法人の統括機能として設立された投資性持ち株会社のことをいう。3,000万ドル(約31億円)以上の資本金が必要であるが、多様な優遇措置が与えられる。
[13]林毅夫「中国におけるIT産業の発展と比較優位の原理」、 http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/010820newkeizai.htmより引用
[14]張岩貴「多国籍企業R&Dセンターの中国における展開」、 http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030217world.htmより引用
[15]中国情報局、「東芝が携帯端末で中国撤退、本土化戦略が課題」 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=0406&f=it_0406_002.shtmlより引用
[16] EMSとは、「電子機器の受託製造」。EMSはいわば “電子機器工場の集合体”。独自ブランドを持たずに、多数のメーカーから受託することで大量生産体制を確立し、量産効果で低コストでの製造を実現することである。
[17] アイアールシー、「中国エレクトロニクス産業と日本メーカーの事業戦略」、p.201引用。
[18] 同上
[19] 『週間ダイヤモンド』
[20]アイアールシー、「中国エレクトロニクス産業と日本メーカーの事業戦略」、アイアールシー、p.167引用
[21]中国情報局「聯想:海外進出こそが国内メーカーの生き残る道」、 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2003&d=0216&f=it_0216_001.shtmlより 引用
[22]Declan McCullagh「ハイテク業界のチャイナシンドローム」、 http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000050150,20083213,00.htm
CNET Japanより 引用
[23]中国情報局、「HP:中国R&Dが独自に開発したノートPC発表」、 http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1231662/detail Livedoor Newsより引用
[24]中国情報局、「IBM:対中7大戦略を発表、ITサービスを重視」、
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=0318&f=it_0318_004.shtmlより引用
[25] 『週間ダイヤモンド』2005年1月15日号、p.84参照
[26]高橋洋文「世界の通信企業の戦略提携図」、マンスリーフォーカス、
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_mf/2004/mf200410.html#188 より引用
[27]中国情報局、「華為:OEMで欧州進出を因縁のシスコが牽制」、 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2004&d=0930&f=it_0930_001.shtml より引用
[28]China News Services「シスコ:5年以内に上海にR&Dセンター設立」、
http://chinanews-jp.com/news/disp.cgi?y=2004&d=0924&f=it_0924_005.shtml&mb=cns より引用
[29]TD-SCDMAとは、中国が知的財産権を有する第3世代(3G)携帯電話の規格。
[30]宮下 洋子「TD-SCDMAの現状と展望」、
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2003/s2003TS176_2.html ニュースレター『海外情報』、2003年11月号より引用
[31]中国情報局「情報産業部:デジタルTVと3Gは06年に開始」、 http://news.searchina.ne.jp/topic/147.html より引用
[32]http://www.melma.com/backnumber_95436_1533470/ メルマガ シティ上海 引用
[33]宮下洋子「TD-SCDMAの現状と展望」、
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2003/s2003TS176_2.html ニュースレター『海外情報』、2003年11月号より引用
[34]木原啓二「加速する中国の“走出去」、『経済界』
江原規由「東北経済の振興は何を意味するか」、http://peopleschina.com/maindoc/html/200401/jingji22.htm より引用
[35] 「走出去」は、広義の意味では、①対外投資、②製品・技術輸出、③労務輸出、工事請負、④海外上場などだが、主流は対外投資(工場建設、研究開発拠点の設置、資源開発、海外企業のM&A)と海外株式市場への上場である。
[36]江原規由「加速化する中国企業の海外展開」、21世紀中国総研HP、http://www.21ccs.jp/china_watching/BeijingNowB_EBARA/Beijing_nowB_05.htmlより引用。
[37] 「対外投資および企業設立の審査事項に関する規定」:対外投資および企業設立とは、中国企業が新設(合弁、合作、独資)M&A、資本参加、出資、株式交換などにより、海外で企業を設立したり、企業の所有権などを取得する行為とされる。
[38] 「海外投資特別融資制度」:本制度は、①国内資源の不足を補う海外開発プロジェクトの促進、②国内製品、技術、設備輸出の促進、海外先進技術・管理システムの導入、中国企業による外資企業のM&Aの加速化などをねらいとしている。
[39]丸川知雄「聯想集団」、http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~marukawa/lenovo.htmより引用
[40]薄田雅人「連想のIBMパソコン事業買収が示すもの」、PC
web、
[41]盛洪「ブランドの確立を目指すハイアールの海外戦略」、 http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030728sangyokigyo.htmより引用