留学体験記

             02ES1006張 栩

 

 

 

「美しい日々はいつもあっという間に流れてしまう。」と言ったように、愛大での一年間の留学生活はそろそろ終わりに近づいてきた。一年前来た当初の情景はまだ昨日のことのようだが、今日の自分はたぶん一年前の自分より、さらに日本という国に親しくなったと思う。

 振りかえってみると、記憶に残っているものは空の星のように数え切れないと言ってもいいだろう。合宿とか、お祭りとか、ホームステーとか、見学とか、身をもって参加していろいろな体験をした。その時にとった写真を見るたびに、その日々の楽しみがすぐ頭の中に浮かんでくる。

 来日してから一ヶ月たったころ、李先生のゼミの合宿に参加するように誘われた。初めて日本で大学生活をした私にとって、「合宿」というのは、いったいどんな活動なのかぜんぜん分らなかったばかりか、「合宿」のひらがなの読み方も初耳であった。どきどきして、楊さんたちと一緒にギョーザを作る材料を準備し始めた。その日、ギョーザの作り方を日本の友達に教えて、みんなでギョーザを作った。あとで、みんなそろって美味しいギョーザを食べながら、いろいろ話し合った。たいへんなごやかな雰囲気で、以前卒業した先輩たちもたくさん参加した。気軽にたたみの上に腰をかけて、誰と話し合っても親切な笑顔と面白い話があふれていた。夜になっても、話が尽きなかった人がいると、合宿所にとまってもいいというのは合宿ということだ。私はそこにとまらなかったのだが、合宿という形式はたいへんいい形式だと思った。中国でもこのようなパーティーが行われたら、どんなにいいだろうと思った。そのすぐあとに、実家が浜松にある日本の女の子につれられ、浜松祭りに参加した。町の人たちは祭りにしか使わない服装を着て、太鼓をたたき、トランペットを吹き、御神輿を担いで「ゆいしょ、ゆいしょ」と叫びながら、町のメインロードでパレードをしていたのを見るとお祭りの日が町の人にとってどんな楽しい一日かが理解できた。一人の優しいおじいさんから提灯も借りてもらった。その提灯を手に持って、私もパレードの中に入り込んだ。周りの日本人といっしょに「ゆいしょ、ゆいしょ」とさけんで、リズムにのって歩き進んでいたら、なんともいえない経験をした。疲れたら、屋台へ行って、さまざまな美味しい日本で伝統食を味わえた。屋台で食べながら、友達とはなしあって、美しい祭りの夜を楽しんだ。その日の体験はいつまでも忘れられない思い出となった。

  留学生のホームステーは一種のお祭りといえるであろう。わたしはそのお祭りに参加することができた。日本人の家に泊まって、食事からお風呂までなんでも家族の一員とされて本場の日本人生活を一日体験していた。ホストファミリーのママと一緒にオムライスを作ったり、子供たちといっしょにテニスをしたり、とても楽しかった。特に、ホストファミリーは五人家族なので、その家族団欒の雰囲気は一人っ子の私にとって、初めて感じられた家族の賑やかさである。

 旅行といったら、美しい信州の旅は最高だと思った。春学期の「日本事情」という授業で「野菊のごとき君なりき」という映画を見せてもらった時から、その美しい所にあこがれていた。おりよく9月中旬に、学校で主催された見学のおかげで、天竜川の漂流、信州の美景、おいしい蕎麦と日本式の団扇の作り方を楽しんだ。もっとも忘れられないのが、その天竜川の漂流だった。風が軽く顔を吹いて、川の水が静かにながれていて、両側の山のそびえている姿を見ると、映画の中の楕円形のシーンがすぐ頭に思い浮かんできた。高くてり

っぱな山、静かできよらかな川、政夫と民ちゃんの純潔な愛情、こんな情景の中において、なんともいえない日本ならではの純粋美が感じられた。気が付くと、一年間の留学生活はあっという間になくなってしまった。この一年間の中に、いろいろな面から日本という国を親しんできた。時間の流れに従って自分の生活能力も高くなったし、視野も広くなったと思う。特に、授業の中で得られないものをいろいろ実際に体験してわかるようになった。そして、感性にしたがって自分のスタイルでひとり暮らしを楽しく送った。その美しい日々は私にとっていつまでも青春時代の一番忘れられない思い出になるのではないだろうか。