通貨の行方:円と元(ハードカレンシー化について)
森田正幸
一、現在の為替相場管理
人民元の為替レートの管理は、中国人民銀行の外国為替管理局が行っている。従来は公定レートと外貨調整レートの二重相場制だったが、94年1月から管理された変動相場制に一本化された。人民元の為替レートは、中国の対外取引における重要度と相対的価値とでウェイト付けされた国際貿易通貨バスケットの価値変動により調整し、元・ドルレートを決定し、他の通貨はクロスレート算出とする。人民元レートは、前の営業日の外貨調整(外国為替)市場の加重平均価格に基づいて、中国人民銀行が公布する。
1.「中国外貨管理条例」では、
(1)外国為替の市場は公然、公平、誠実信用の原則に従って取引する。
(2)国務院外貨管理部門は、法律に基づき中国の外貨為替相場の管理を行う。
(3)中国人民銀行は、貨幣政策の要求と為替相場の変動に基づき、法律を根拠にして、為替相場の調整を行う。
と規定している。
2.「人民元為替管理問題についての通知」(1995年公布)では、
(1)中国人民銀行は、1995年4月1日より毎日、中国外国為替取引中心の取引貨幣(米ドル、香港ドル、日本円)の相場取引仲値を発表する。当該仲値は、各外国為替指定銀行と取引先との間で行う外国為替と人民元の売買取引の基準為替レートになる。各外国為替指定銀行は1ドルの交易基準為替相場を根拠として、国際外国為替の市況により、人民元とドル、香港ドル、日本円等自由に兌換できる貨幣に対して為替仲値を計算することができる。中国人民銀行が定めた為替変動幅で外国為替の買相場、外国為替売相場、現金の買相場と現金の売相場を自由に決めることができる。
(2)1995年4月1日から、各外国為替指定銀行は、毎日の外国為替取引相場を取引基準為替相場の上下0.3%幅以内で変動調整することができる。
としている。
(ジェトロ H.P.のジェトロ海外情報ファイルから引用
http://www3.jetro.go.jp/bouekidb/kensaku/SEARCH_FRAME_CTRL?P_ACT_DTL_ID=200&P_ACT_CONT_ID=1&P_NAIBU_KUNI_CODE=001130)
ニ、中国の為替政策の歴史
(1)1949年〜52年(経済復興期)
・人民元レートは物価の変動にしたがって調整され、輸出入貿易を調整する機能を果たしていた。
(2)1953年〜78年(計画経済体制下)
・国内外市場価格分離政策および全国輸出入損益統一計算制や外貨統一収支制の実施によって、人民元レートの輸出入貿易に対する影響力はほとんどなくなり、単なる価格計算・決済単位の役割を果たすに過ぎなくなった。
(3)1978年以降(改革・開放路線初期下)
・1979年3月 国務院が直轄する「国家為替管理総局」が設立
・1980年代後半 外資調整センターが設立
・1982年8月 行政と企業を分離する改革の実施によって、「国家為替管理総局」は中国人民銀行の所属になり、「国家為替管理局」と改められる。
・1983年以降、中国人民銀行は中央銀行の機能へ特化するとともに、為替管理についての責任を負い、所属の為替管理局が為替取引の全てを管理することとなった。
・「二重為替レート」の時期が続く
(4)1994年1月(海外の市場経済に対応しうる制度下)
・「二重為替レート」の打ち切り
・銀行による外貨決定制度(外貨集中制)、全国統一の銀行間外為市場が導入された。そして、人民元のレートの決定についても実質的に「管理フロート制」が採用されることになった。
・1996年4月 「外為管理条例」の施行
・1996年11月 IMF8条国(※@)に移行
・1997年7月 アジア通貨危機
(5)2005年〜(人民元のハードカレンシー化?)
三、通貨スワップ協定
今年3月28日、日本銀行は、中国の中央銀行である中国人民銀行との間で円対人民元のスワップ協定に正式調印をした。
協定内容:今後、両国の中央銀行は、相手国から要請があった場合、一定の要件が満たされれば、相手国通貨と引き換えに自国通貨を融通する(融通限度額は30億米ドル相当)
過去の協定締結国:アメリカ(米ドル)、EU(ユーロ)。
アジアの通貨が登場したのは今回が最初である。
参考文献
一章:ジェトロのホームページ
http://www3.jetro.go.jp/bouekidb/kensaku/SEARCH_FRAME_CTRL?P_ACT_DTL_ID=200&P_ACT_CONT_ID=1&P_NAIBU_KUNI_CODE=001130
二章:高井潔司〔2000〕『現代中国を知るための55章』 明石書店
関志雄〔1998〕『円と元から見るアジア通貨危機』 岩波書店
内藤昭〔1992〕『中国の国際経済戦略』 同文館出版
内藤昭〔1998〕『中国の市場経済化と日中経済協力』 学文社
三章:日本経済新聞 2002年4月10日 日本経済新聞社